第四十話 奴隷との生活はやっぱり思い通りにならない
ケミィが奴隷になった経緯、自分への想いなど多くの事を知ったカール。
だからといってケミィの性格や性癖が変わる訳もないので、やっぱり毎日振り回され続けるのであった。
どうぞお楽しみください。
「ご主人様! 見てください!」
「え、お前、それ……!」
驚くカールの目の前には、手足が伸び切り、大人びた体型になったケミィの姿があった。
「ご主人様に教わった薬の調合を工夫して、身体の成長を促す薬を作りました!」
「え、うそ、マジですごい! さらっと何してくれてんの感はあるけど!」
「さぁこれなら何でもできますね? とうとう名実共にご主人様に全てを捧げる日が来ました……!」
「ちょ、いや待て! そういうのはこうもう少し順序を追ってだな……!」
「駄目です。待てないからこの薬を作ったんです。さぁ、私と一つになりましょう……!」
「よ、よせ! こういう事は日を改めて一週間くらい前から予定を調整した上で双方の合意の元に行われるべきものであって、こんな勢い任せは……! いやー! やめてー!」
「……はっ」
目を覚ましたケミィは辺りを見回す。
そして起こした自分の身体を見下ろし、いつも通りの自分に深く溜息をついた。
「……むう、夢でしたか。まったくご主人様ったら、夢の中でまでへたれでなくてもいいのに……」
カールが聞いたら「お前の夢の中の事とか知るかぁ!」と怒りそうな不満をこぼしたケミィは、てきぱきと身支度を整えると、朝食の準備へと向かう。
スープを作り、サラダを盛り付け、ベーコンを焼き、パンに焼き色を付ける。
「さて、と……」
配膳まで済ませたケミィは、カールの部屋へと入った。
「ご主人様、起きてください。朝ですよ」
「……やだ、起きない……。俺は布団と同化して、布団として生きる……」
「むう、口調からしてもう起きてますね。そんなにハーレム消滅がショックでした?」
「当たり前だろ! 上げて落とすの極致じゃねぇか! ドレシーさんは前の彼氏とよりを戻すし!」
布団の中から響くくぐもった声に、ケミィはふぅと小さく溜息をつく。
「熊みたいな体格の方が、年齢二桁になったらちょっと恥ずかしいかなっていうピンクのふりふりスカート着て、『よりを戻してくれ!』って土下座した姿は圧巻でしたね」
「……うん、ありゃ勝てねぇって思った。いや、思ったけどよぉ! 何に負けたんだがわからないこの敗北感をどう処理していいかわかんねぇんだよ!」
「強いて言うなら覚悟の差では」
「そんな格好いい言葉で収まるかあれ!? 身体も服に収まってなくて、ところどころ引きちぎれてたんだけど!?」
「ドレシーさん、『そこが素敵!』って喜んでましたね。そんなに悔しいなら、ご主人様もやります? ピンクふりふり土下座」
「いや、まぁ男の価値はそういうもんじゃないかなー、なんて思うので」
「確かにあれはドレシーさんに特効ってだけですからね」
「うーん、つくづく特殊だよなぁ……」
ケミィの言葉に一旦は勢いが収まったが、カールの言葉に再び力がこもった。
「それはそれとしてメジクだ! 後任の男が『仕事が回らないから助けてください!』って泣きついて来たら、あっさりクードへの復帰を決めやがって!」
「すごかったですよね。後任の方のやつれっぷり」
「骨が邪魔して痩せられないってああいう事なんだなーってわかった。薬の補助がない分全盛期の俺より酷かった。でもよ! あのあっさりぶりはひどくねぇか!?」
「まぁご主人様、かなり健康体になりましたからね。えっちな事全然全くこれっぽっちもしないから、筋トレ以外でげっそりする事もありませんし、ご不満だったのでは」
途端にカールの勢いが弱くなる。
「そ、そういうのはまだ早いかなって……。ほら、それにそういうのは双方の合意を書面で交わして、半月くらい前から予定を調整した上で行われるべきものだと思うし……」
「夢より更にへたれとか、やはりご主人様にハーレムは無理でしたね。残念残念」
「夢って何の事だよ! つーか俺は初めからそう言ってただろ!? それを無理矢理やらせた上に失う悲しみだけ味あわせて……!」
文句を言う布団、もといカールに、ケミィはやれやれと溜息をついた。
「まぁ最初に戻ったと思えばいいじゃないですか。私はたとえご主人様より気軽に殴ってくれる人がいても、心変わりしたりしませんから」
「……! う、お、お前にそんな事言われたって、う、嬉しくなんかないんだからな!」
「むう、そういう態度に出るんですね」
「で、出たら何だって言うんだ! お、俺はもう失うものなんて何もないから、こ、怖くなんかないぞ!」
「その声の震えを何とかしてから強がりましょうよ」
「つ、強がってなんかい、いないぞ!」
「……そうだ。ご主人様は今布団なんですよね? じゃあ……」
にっこりと笑うと布団に潜り込むケミィ。
「あ! 馬鹿! 何すんだ! 入ってくんな!」
「あれぇ? お布団は喋らないものですよ?」
「どっかで聞いたなその台詞! ちょ、どこ触ってんだ! いやー! やめてー!」
布団をはね上げ、カールは海老のように壁まで飛び退いた。
しかしケミィは更にじりじりと間合いを詰めていく。
「さぁ、私と一つになりましょう……? さもなくば起きて朝ご飯食べてください」
「わかった! 朝飯食うから! くそう、どうやったらお前に勝てるんだよ!」
「相手に聞く時点で勝ち目はないと言っているようなものですけど、まぁご主人様には特別に教えてあげます」
腰に手を当てたケミィは高らかに宣言した。
「暴力です! 力ずくでこの身体に痛みと共に快楽を教え込めば、私はご主人様にめろめろですよ!」
「言うと思ってたのに何で聞いたんだろ俺! ちくしょう、いつかその性癖を無くす薬を作ってやるからな!」
「そうしたら私はその薬の効果を打ち消す薬と、ご主人様を暴力的にする薬を作ります」
「対抗すんな! しかもやれそうだから怖い! くそう、こうなったら何十年かけてでもまともにしてやるからな! ……何笑ってんだケミィ! 本気だぞ笑うなー!」
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございます。
ハーレム期待してた方、ごめんなさい。
でもカールにはケミィ一人でも手に余ると思ったので、彼の幸せのために笑いを堪えて解体しました。
ドレシーの元彼も救われて良かったね!
皆様の応援のおかげで、無事完結する事ができました。
ハイテンションツッコミが書きたい、ただそれだけの動機で書き始めた作品でした。
当初は十話くらいで終わりになるかなーなんて思っていたのですが、気がつけば四十話……。
嬉しい感想やイチオシレビュー、ファンアートをもらえると筆が暴れるのが僕の悪い癖……。
『新米悪役令嬢の平民いびり』から何も成長していない……。
皆様の笑顔の一助になれたなら幸いです。
また来週月曜日から新連載を始めますので、そちらもよろしくお願いいたします。





