第三十八話 奴隷が語った真実に驚きを隠せない
両親に冷たく当たるケミィに、思わず手をあげてしまったカール。
涙したケミィの語った真実に、驚きを隠せずにいたのだった。
どうぞお楽しみください。
「……ケミィ、入るぞ……」
扉の前でかけたカールの言葉に反応はない。
少し待った後、カールは意を決して扉を開けた。
「……ご主人様……」
ベッドに腰掛けていたケミィが、涙がわずかに残る目をカールに向ける。
それだけでカールは、胸に締め付けられるような痛みを感じた。
「取り乱して申し訳ありませんでした……」
「あ、いや、俺の方こそ……」
「まさかこんなに早く両親が来るとは思っていなかったので……」
「……迎えに来る事自体は予想してたんだな」
「……はい。そしてその時優しいご主人様は、私を家に帰そうとする事も……」
「……」
しばし沈黙が落ち、カールが意を決して口を開く。
「……なぁ、お前の事、教えてくれねぇか……? どうして奴隷になったのか、どうして俺に買われようと思ったのか……」
「……そうですね。本当はご主人様に拷問された上でお話したかったのですが……」
力なく笑いながら、ケミィはベッドの隣に座るよう促す。
カールが座ると、ケミィはゆっくりと話し始めた。
「……私は幼い頃から要領のいい子で、一度見聞きした事は忘れなかったり、再現できたり、ちょっとした仕草から相手の気持ちを察したりする事ができていました」
「あぁ、うん、わかる」
「周りからは天才と言われ、両親から誇りに思われ、私は自分が優れた人間だと思っていました。でも……」
言い淀むケミィを、カールはじっと待つ。
やがて覚悟を決めた顔で、ケミィは口を開いた。
「母が血液の病になりました……。不治の病と言われ、家族を絶望が包んだ時、ご主人様が万能薬を完成させたと発表されました」
「……!」
「その薬があれば母は助かる、父は喜び勇んで買いに行きました。しかし万能薬を求める人は多く、半年経っても手に入りませんでした」
「……すまん。俺の力が足りなくて……」
「違いますご主人様! ……いえ、当時は私もご主人様を責めてはいたのですが……。そしてクード製薬が万能薬の製法を買い取り、高額で販売する事になりました」
「それでお前は身を売って……?」
「……それなら美談だったんでしょうけど……」
自嘲気味に笑ったケミィは、声のトーンをさらに落とす。
「……ご主人様とクードへの不満を抱えた私は、自分で作ろうと決意したのです。今思えば浅はかでしたけど、当時は本気で作れると思っていたんですよ」
「それで、どうなった……?」
「父に多額の資金を注ぎ込ませ、必死に研究しましたが、万能薬の影さえ見えませんでした。そして本来なら万能薬を買えたはずの資金を失い、母の病状は悪化の一途……」
「……! お前、それに責任を感じて奴隷に……?」
カールの言葉に、ケミィは首を縦に振った。
「母の健康よりも自分の思い上がりと意地を優先したんです。そうでもしないといられなかったんですよ」
「じゃ、じゃあ俺はお前からしたら憎い仇みたいなもんじゃねぇか! 何で奴隷市場であんなに自分を買うように言ったんだ!? ……復讐、だったのか……?」
「違います! 確かに万能薬が高額になった事に思うところはありましたが、ご主人様がいなければ母の命はなかったんです! 恨むどころか感謝と憧れを感じていました!」
「お、おう、そ、そうか……」
「そんなご主人様があんなにやつれていて、驚きました……。奴隷を何に使われるのかはわかりませんでしたが、何かのお役に立ちたいと、そう思ったんです!」
「ケミィ……」
「……まさか、死んだ後の処理を任されるとは思いませんでしたけど……」
「ふふっ、そうだよな。思いもしないよな」
二人は見つめ合い、小さく笑い合う。
「じゃあ色々俺をいじったのは、自殺を思い止まらせるためだったのか?」
「はい……。辛い事も笑い飛ばしてしまえばいいと思いまして……」
「ハーレムも?」
「はい。ご主人様を慕う女性がいる事を知ってほしくて……。散々いじった私が好きだと言っても、きっとご主人様は真に受けてくれないと思いましたので……」
「……!」
俯くケミィに、カールの胸には猛烈な愛おしさが込み上げた。
抱きしめたい気持ちを辛うじて抑え、大事な事を確認する。
「……じゃあ、俺の事好きって言ったのは、気休めだったのか……?」
「……いえ、それはその……、本当、です……」
「は、初めてをどうのこうのっていうのは、流石に冗談だろ……?」
「……ご主人様がお嫌でなければ……」
「じゃ、じゃあ痛いのが好きっていうのは、実は照れ隠しだったんだな!?」
「あ、それはガチです」
「そこは嘘であってほしかった! 夢も希望もありゃしない!」
カールの叫びに、ケミィが驚いた顔をカールに向ける。
「ご主人様……! 私がドMじゃなければ、夢や希望を抱いてくださっているんですね!?」
「あ! いや、違う! 今のは言葉のあやというか勢いで……! そ、そもそもさっき泣いたのは何だったんだ!」
「初めてご主人様からいただいたのが、痛くも何ともないビンタ一発だったのが悲しくて……」
「そっち!? てっきり叩かれたのが痛くて泣いたんだと思ったのに!」
「今度は嬉し泣きするくらいの激しい一発をお願いします!」
「くそう、叶えてあげたい気持ちがちょっとある自分に驚く! でも駄目だ! お前をまともにしないと親御さんが悲しむ!」
「あ、両親が私を連れ戻そうとしているのは、この性癖が人様に迷惑をかけるんじゃないかと考えてるからです。ご主人様が受け入れてくださると聞いたら喜びますよ!」
「人って孤独なんだなって改めて思う! だから奴隷になる話が通ったの!? いや、それも嘘の可能性がある! 一縷の希望を抱いて、とりあえずリビングに戻るぞ!」
読了ありがとうございます。
シリアス君すぐ死ぬ。
あぁ次はご両親へのご挨拶だ……。
残り二話で完結いたします。
……多分。おそらく。メイビー。
よろしくお願いいたします。





