第三十六話 奴隷にも家族がいる事を考えなかったわけじゃない
ケミィがいる生活にすっかり馴染んだカール。
しかしとある来訪者によって、その日常は大きく揺さぶられる事になるのだった。
どうぞお楽しみください。
「ご主人様、おはようございます」
「あぁ、おはよう」
「最近は起こされなくても起きられるようになりましたね。偉い偉い」
にこにこ笑うケミィに、カールは朝に似つかわしくない黒い笑みを浮かべる。
「……あぁ、やめろと言ってるのに何度も何度もお前が手を尽くして強制的に起こしてくれたお陰だよぉ……! 本っ当に感謝してるぜぇ……!」
「きゃー、嬉しい! ご褒美にビンタしてください!」
「くそう、仕返ししたくてもやったらご褒美とか、お前本当無敵だな! まぁいい! 怒るだけ体力の無駄だ!」
「そうですよ。イライラは身体に良くないですから、存分に私の身体で発散していただいて」
「その無駄な一連の流れにイライラしてんの! お前の理解力でわかんねぇわけねぇだろ!」
「いやですねー。わかってやってるに決まってるじゃないですかー」
「その小馬鹿にした態度にイライラがおよそ倍になったけど、目的は怒りからの突発的な暴力だろうから俺は耐える!」
「へいへーい、ご主人様ビビってるー」
「そんな浅い挑発で、俺の自制心が崩れるとでも思ってんのか!」
「ドレシーさんの胸揺れで崩れる程度の自制心が何ですって?」
「よーしいい度胸だ表に出ろ! 俺はその間に悠々と朝飯を食う」
「てっててー。ご主人様は放置プレイを覚えた!」
「もういい! 何やっても勝てる気がしねぇ! 飯食うぞ! 座れ!」
「はーい」
その日はそんないつも通りのやり取りから始まった。
カールもケミィも、そのままいつも通りの一日が過ぎていくと思っていたのだった。
「カール殿」
「メジク、また有休消化か? お前引き継ぎだけはしっかりしておいてやれよ?」
「いや、今日は少し違う」
「……?」
仕事用の引き締まった顔をしているメジクに、カールも姿勢を正す。
「何かあったのか?」
「その前に、ケミィ殿は今どちらに?」
「え、あぁ、庭で洗濯物やってる。……ケミィに聞かれちゃいけない話なのか?」
「判断がつかない。故にカール殿に相談したい」
「……聞かせてくれ」
「わかった」
唾を飲み込むカールに、メジクは真剣に頷くと一息置いて口を開いた。
「ケミィ殿の両親を名乗る夫婦が、クードにカール殿に会わせてほしいと言いに来た」
「! ケミィの……!?」
「あぁ」
「あいつは奴隷として売られたんじゃなかったのか!?」
「二人が言うには、母親の難病を治療するのに多額の金が必要になり、ケミィ殿が制止を振り切って奴隷市場に身を売ったそうだ」
「!」
カールの脳裏に、ケミィが唯一見せた涙が蘇る。
「奴隷市場側でも買い取りではなく、借金のカタとして預かる考えだったらしい。しかし、金が貯まって訪れたら……」
「……俺が買っていた、と……」
「そうだ。奴隷市場でもケミィ殿が自ら言い出した事で止められなかった負い目もあり、本来は明かさないカール殿の身分を明かしたそうだ」
「それでクード製薬に……。で、その両親は今どこに……?」
「今カール殿がこの村で休暇を過ごしていると話し、村の宿に留め置いている」
「お、おいそれ、勝手にここ来ないか!?」
「……心苦しいが、脅しをかけておいた。ケミィ殿は正規の手続きで買われたものであり、所有権もカール殿にあるから、機嫌を損ねたら二度と会えない、と……」
「……そうか……。すまねぇ、色々気配りをしてくれて……」
「それは構わないが、どうする? ケミィ殿を会わせるのか?」
「……」
腕を組んで考え込むカール。
(両親が心ならず売ったんなら、親元に帰すのがいいよな……。だけど……)
何か引っかかるものを感じ、即答できない。
何が引っかかるのかと、カールはこれまでのケミィとのやり取りを思い出す。
「私は返品されたら、ご主人様にされた、ない事ない事を吹聴します」
「調教のレベルが低過ぎます。もっと直接的に力の差を思い知らせないと」
「そもそもこの身体は脂肪が少ない分、ダイレクトに内臓や骨にダメージを与えられるんですよ?」
「釘は叩けて私の頭は叩けないって言うんですか?」
「じゃあ私の名前は今からボールです! さぁ蹴ってください!」
「ご主人様の女性への歪んだ怒りを、この身で受け止める覚悟はできています!」
「じゃあ首輪買いましょう首輪!」
「そして合法的に万能薬を手に入れるにはどうしたらいいかって」
「身体が成長し切る前の方が、痛さがたっぷり感じられるそうですから!」
「それならムチで叩きやすい背中開きの服とかにしましょうか?」
「殴られた痕とかアザとかがばっちり見えますもんね」
「その行き所のない怒りを、家でたっぷり私にぶつけてくださいね」
「わーい! ご主人様チョロ格好良い!」
「こんな可愛い女の子を爆弾呼ばわりだなんてひどいです」
「奴隷のお風呂と言ったら水風呂か熱湯と相場が決まっているでしょう!?」
「そういう姿勢が彼女のできない理由だと気が付きませんか?」
「ハーレム願望とは身の程知らず感が否めませんが」
「殴られたい女の子を殴るだけの簡単なお仕事ですよ?」
「期待しちゃいました?」
「『ストレスの捌け口』とか『生サンドバッグ』とか思ってもらえてると思ったのに……」
「無防備なイメージがありますから、ご主人様の警戒心を解いて暴力を誘発できるのではないかと」
「わったしーのししょーは てーんさーいくすしー♪」
「はい。色々としてもらいました」
「童貞でへたれなご主人様には、あなたのような大人の女性は恐怖の対象です!」
「でもご主人様は、一般的な女の人だと素直にお喋りできないから、少し特殊な人の方がいいでしょう?」
「後は女の子を殴るのを趣味にさせる予定です!」
「ご主人様のために、あえて命令に背く、そうして示せる忠義もあるのではないかと思いますがいかがですか?」
「……もう。防護服もなく危険な薬品を蓋なしの容器で運べなんて、ようやくご主人様が目覚めてくださったのかと思ったのに……」
「もう、パパったらおこりんぼですねー、ケミィル一号」
「えー? 何バラされたくないですかー?」
「男らしい発言ですけど、する事は女装、何だか面白いですね!」
「うわキツ」
「よっしゃー! 言質取ったー! いえーい!」
「何に怒っていらっしゃるんですか? 心当たりが多過ぎてわかりませんけど」
「お掃除のついでにちょいちょいと」
「すぐにお呼びして差し上げろ!」
「えっ、ケミィ殿の意思は確認しなくて良いのか?」
「いらん! 引き渡すかどうかはともかく、ケミィの教育方針については一言言ってやらんと気がすまねぇ! つまり面会はマストだ! あと念のため茶菓子も頼む! 悪い!」
読了ありがとうございます。
回想という事で、ここまでの三十五話から一つずつケミィの台詞を抜き出してみました。
……これはひどい。
次回はケミィの両親との会談です。
文句は言ってやりたいけど空気が険悪になったらどうすれば良いかわからないので、メジクに茶菓子を頼む程度のカールに何ができるのか。
どうぞお楽しみください、





