第三十五話 奴隷と手を組んだ元同僚が始末に負えない
完成したハーレムに絶望しか感じていないカール。
それでもメジクは仕事もあるし、しばらくは対策を考えられるという甘い目論みはあっさり打ち砕かれるのであった。
どうぞお楽しみください。
「ご主人様、起きてください。朝ですよ」
「んに……。あとごふん……」
「そう言って五分で済んだ試しがないじゃないですか」
「そんなことない……。おきてる……」
「それは私が……」
ケミィは掛け布団の中に手を突っ込むと、その手をカールの寝巻きの中に滑り込ませた。
「ひゃあ! 冷たっ!」
「こうやって起こしているからでしょう?」
跳ね起きたカールは、目を剥いて抗議の声を上げる。
「それやめろって言ったよな! 心臓が止まったらどうする!」
「そうしたらそこの引き出しの二重底の下から万能薬を取り出して、ご主人様に飲ませます」
「適切な処置だけど違法な行為! お前いつの間に薬の隠し場所まで把握してるんだよ!」
「お掃除のついでにちょいちょいと」
「掃除のついでで見つかる場所じゃねぇんだけど! くそう、隠し場所変えないと!」
「あと隠せそうなところは、書棚の本の裏か、机で隠してる床下収納か、ベッドの下ですね」
「もうお前盗賊だろ! しかもかなり経歴長いやつ!」
「むう、失礼ですね。強いて言うなら女の勘ってやつですね」
「女に生まれただけで、そんなえげつない力が身についてたまるか! 家探ししたんだろ! 正直に言え!」
「いいから朝ご飯食べちゃってください。片付かないんですよ」
「うぐ……、ま、まぁ仕方ない。朝飯に罪はないからな……」
部屋を出てリビングに入ったカールを、
「やぁカール殿」
エプロン姿のメジクが出迎えた。
「うわメジク! 何で一週間も経ってねぇのに来てるんだ!? お前定例の訪問以外した事なかったじゃねぇか!」
「クードから退職前の有休消化を勧められていてな。ならば新居の準備をしておこうと思ってこちらに来た。事前の知らせを省いたのは、家族には必要ないと思ったまで」
「待て待て情報量が多すぎる! え、お前クード製薬辞めるの!?」
「当然だろう。カール殿のハーレムの一員になる以上、ここからクードまで毎日通うのは困難だからな」
腰に手を当てて胸を張るメジクに、カールは絶叫する。
「お前何あっさり人生を棒に振ろうとしてんの!? 働きすぎて壊れた!?」
「その点は安心してほしい。人のやつれる様を見るためには、自分に余裕がなければならないから、自身の管理はきちんとしている」
「お、おう、動機は最低だけど、流石ではあるな」
「そして部下に限界ギリギリの仕事を回しているから、後進もきちんと育っている」
再び胸を張ったメジクに、カールはツッコミを抑える事ができなかった。
「それ育成目的じゃねぇだろ! 仕事にまで性癖を持ち込むな! 部下の人可哀想!」
「しかし人間というものは、どこかで力を抜いてしまうものだな。途中で泣きついたり、完遂してもすぐ休暇を取る。カール殿ほど自分を追い込める者はいないな」
「俺だって望んで不眠不休になった訳じゃねぇからな!? くそう、この高評価は喜べねぇ!」
「ともあれ朝食をとるといい。仕上げと配膳は私がしたから、ゆっくり楽しんでほしい」
「仕上げ……?」
お気に入りの砂場に猫のフンを見つけた子どものような表情を浮かべるカール。
しかしすぐに意地の悪い表情に切り替わった。
(仕事一辺倒だったメジクは、料理は苦手なはず……! 恐らく激マズだろう……! それを盾にハーレムから追い出す……! 仕事辞められたら取り返しつかないし……!)
そんなカールの意図に気付いた様子もなく、笑顔で器を差し出すメジク。
「まずはこれを飲んでみてもらえるだろうか。我ながら自信作だ」
「あぁ」
その自信作をこき下ろしたらどんな顔をするだろう、そんなカールの悪い顔が、
「うんまぁ!」
驚きで塗り替えられた。
「え! 何これ! 味はそんなにいつも通り、いや、むしろ若干薄いくらいなのに、めちゃくちゃ後引く! 旨ぁ!」
「それは良かった。以前部下から教わった、皮を剥いたギャリックの実を潰さず鍋に入れる事で、味に深みを出す工夫が気に入っていてな。口に合って良かった」
「それだけじゃないよな! 何だろ、塩味の中に海鮮っぽい旨味が……!」
「あぁ、味を整える塩の代わりに、海藻茶の粉末を使った。塩分の過剰摂取を抑えられる上に、旨味も増す使い勝手のいい調味料だ」
「てっきりめちゃくちゃ不味い飯でげっそりする流れだと思ったのに! どうしたのお前!」
「カール殿、私はただやつれている人を見てときめくわけではない。何かを成そうと必死になり、自分の身体も顧みず努力した結果やつれる事に胸打たれるのだ」
その言葉にカールは以前ケミィが言っていた事を思い出した。
(……そうか、あの必死な日々、俺には地獄だったし、その結果この痩せた身体になった事でしんどい思いもしたけれど、評価してくれる人もいるんだな……)
「さぁ、こっちの鶏肉焼きも食べてみてくれ。柑橘を使った香辛料で味を締めてある」
「おぉ、これも旨い!」
「鶏肉は朝の活動のエネルギーとして優秀だ。たくさん食べるといい」
「あぁ、これならいくらでも食えそうだ!」
「そしてこの後筋トレで思う存分げっそりしてくれ!」
輝くメジクの目に光を吸い取られたように、カールの目が昏く沈む。
「お前もかよぉ! ケミィだけじゃなくてメジクまで上げて落とすのかよ!」
「ケミィ殿に学んだのだ。痩せこけるだけがやつれるのではないと。たとえムキムキになっても、落ち込んだり疲れたりすれば、私の望むやつれに繋がると」
「ケミィ! こっち来い! ハーレム完成でもうこれ以上悪くならねぇと思ってたのに更に悪化させや……、何でその本を取り出す!? 地獄の更に下を見せるのやめてぇ!」
読了ありがとうございます。
もう、カールったらフラグを立てるのがお上手なんだから。
これで完全にケミィとの利害は一致しました。
やつれフェチは奥が深い。闇も深い。
次回更新は月曜日の予定です。
来週中に完結の予定ですので、よろしくお願いいたします。





