第二十五話 奴隷と元同僚に挟まれて会話術どころじゃない
元同僚がやつれフェチ女と知って驚愕するカール。
カールの平穏は、一歩どころか全速力で遠ざかっていくのであった。
どうぞお楽しみください。
こんこん。
「はーい。どうぞー」
扉を叩く音にケミィが答えるも、扉が開く気配がない。
既視感にケミィは思い当たる名を呼んだ。
「あれ? メジクさーん?」
「そうだ。ケミィ殿、カール殿は在宅か?」
「はーい、いま」
「いないって言え……! 俺のやつれた姿にときめくとか言う上に女だったなんて、どう接していいかわかんねぇから……!」
小声で懇願するカールに、ケミィはにっこり微笑む。
「メジクさーん。ご主人様は今お暇なのでどうぞー」
「かたじけない」
「ケミィ!? 裏切るのかお前!」
カールの抗議に、ちっちっちと指を振るケミィ。
「逃げちゃ駄目ですよご主人様。ご主人様が女性相手に戸惑うのは経験値が低いからです」
「それがあのやつれフェチを招き入れるのと何の関係が!?」
「メジクさんは女性です。これを良い機会と捉えて、訓練しましょう」
「良い機会にしては最初のハードル高くない!? せめてもう少しまともな人と話したいんだけど!」
「でもご主人様は、一般的な女の人だと素直にお喋りできないから、少し特殊な人の方がいいでしょう?」
「人を特殊な人間好きみたいに言うな! まともに話せないのは事実だけど!」
「メジクさんを男と思っていた時には話できていたんですから、その感じで話せばいいんですよ」
「それは……」
カールの覚悟が固まる前に、メジクが顔を出した。
「やぁカール殿。やつれているか?」
「こんな奴とまともに会話するとか無理だろ! 初めて聞いたよ『やつれてるか?』って挨拶!」
「頑張ってください! この試練を乗り越えないと、ちゃんとした彼女とか夢のまた夢ですよ!」
「くそう、こんなの乗り越えないと、俺にはまともな彼女はできないのかよぅ……」
「他にも手はありますけど」
「あるなら言えよ! どんな手だ!」
「お金をばら撒くか、薬で自我を消すか、身体を鍛えて力ずくで」
「やりゃあいいんだろやりゃあ!」
行き場のない怒りに背を押され、カールはメジクへと向き合う。
「お前昨日帰ったんじゃないの!? 何で連日ここに来てんだよ!」
「それは以前カール殿が、『村に来た時は宿に泊まって金を落としてくれ』と頼まれたゆえ、休暇と宿を取ったまで」
「そうだった! くそう、あの時に本性を知っていれば!」
「そんな訳で今日は一日休みだ。カール殿とゆるりと言葉を交わしたい」
「お、お手柔らかに……」
腰の引けているカールに、メジクは咳払いを一つして話し始めた。
「昨日は驚かせたようで済まなかった。一人だと思っていたカール殿の家にケミィ殿がいた事で、いささか動揺した」
「あ、うん、まぁそうだよな……」
「製薬部門で一ヵ月徹夜だの、男女の営みでやつれさせるだのと申したが、本意ではない。撤回させてもらいたい」
「お、おう、それは俺もありがたい……」
「男と思われていたのには少々驚きはしたが、それがために気兼ねなく話せていたというなら、これからも同様に付き合ってもらいたい」
「あ、あぁ、それは悪かった。許してくれて今まで通りと言ってくれるなら、俺としても嬉しい」
「かたじけない」
メジクの言葉に、カールから緊張が解ける。
(何だ、ちょっと変わった趣味ってだけで、メジクはメジクなんだな……)
メジクに抱いていた友人に近い感情を思い出し、胸を撫で下ろすカールに、
「やはりやつれるのは自然が一番だし、近くで眺めていたいものだからな」
現実は容赦なく襲いかかった。
「信じてたのに! 本当は良い奴で、わかり合えるんじゃないかと思っていたのに!」
「落ち着いてほしい。私はカール殿が自然にやつれる様を眺めたいだけで、危害を加える気はない」
「危害がないならオッケーってなるかぁ! それならのぞき行為も合法になるわ!」
「それならカール殿にやつれる薬と元に戻る薬を作ってもらい、私が来る時だけやつれてもらえれば」
「ふざけんな! お前の願望叶えるために、何で俺が身体張るんだよ! 何お前王様!?」
「ご主人様! 元に戻る薬ではなく筋力が上がる薬だと、私的にも満足です!」
「お前の好みは聞いてねぇ! ただでさえいっぱいいっぱいなのに入ってくんな!」
「仲が良いのだな。ならば幼児化する薬を先に作ってもらわねば……!」
「何でもかんでも俺の薬で解決しようとする思考をやめろ! 俺の価値ってそんぐらいだろうけど! くそう、自分で言ってて悲しくなってきた!」
「そんな事はない。やつれっぷりもほれぼれするほど素晴らしいぞ」
「それ褒められて喜ぶと思う!? あぁ! お前の性根を治せるような薬を作れたら……!」
「それができたら、ご主人様のへたれっぷりも治りますね!」
「先にお前の被虐趣味から治療するわ! あぁもうこんなので会話術が上達するかぁ! 俺は薬の研究をする! ケミィは昼飯の準備! メジクは帰れ! 以上! 解散!」
読了ありがとうございます。
会話術はどうかわかりませんが、ツッコミスキルは向上している模様。
ちなみにメジクは当初厳格なイメージを特徴づけようと、武士語っぽい喋りにしたままになっています。
喋り方に迷った時は五◯門を思い出すと書きやすいですね。
……斬鉄剣の方です。『らっくしょぉ!』の方ではありません。
次話は来週月曜日に更新の予定です。
よろしくお願いいたします。





