第二十四話 奴隷以外に厄介な奴がいたなんて知らない
奴隷であるはずのケミィに振り回され続けるカール。
しかしカールの平穏を蝕む新たな闇は、すぐそばまで迫っているのだった。
どうぞお楽しみください。
こんこん。
「はーい」
扉を叩く音にケミィは返事を返すが、ノックの主が扉を開ける様子はない。
「? どうぞー」
「失礼。カール殿はご在宅だろうか」
「!」
聞きなれない硬い声に、ケミィは少し緊張した面持ちでカールへと報告する。
「……ご主人様、どなたかお見えのようですけど、村の方じゃないみたいです」
この村の人間なら、返事をするかしないかのうちに戸を開けてくる。
マドムーなどノックもしないで、いきなり用件を喋りながら入って来る事すらある。
そして身分を隠しているカールの元に、村の外から客が来るのは不自然だ。
そう思ったケミィの声が硬くなったのも無理はない。
「いかがいたしましょう。一旦留守と伝えて相手の用件を確認しますか?」
「……あー、今日月末か。多分メジクだ。クード製薬の社員で時々俺の様子を確認しに来るんだ。扉を開けてやってくれ」
「わかりました」
ケミィが扉を開けると、長身の人物が一礼して顔を上げた。
切長の目に尖った顎がシャープな印象を与える。
長い黒髪を後ろで全てまとめ、黒いスーツに身を包んだその姿は、いかにもやり手の雰囲気に満ちていた。
「失礼する。私はメジクと申す者。カール殿はご在宅か」
「はい。ご案内いたします」
「……貴女はカール殿とどういった関係か」
「私はカールの弟子でケミィと申します。よろしくお願いいたします、メジク様」
「弟子……」
口の中で呟くメジクの前に立って、ケミィはカールの元へと進む。
「カール殿」
「おーメジク。いつもお疲れさん」
「いつもの確認になるが、万能薬を販売のために製造されてはおらぬな」
「あぁ、勿論だ」
「カール殿の正体を暴こうとする者は?」
「そっちも大丈夫だ」
「それではもう一つ」
メジクの鋭い目が、ケミィに向けられる。
「あのケミィという娘は弟子だそうだが、どういう事だ」
「あー、まー、色々あってな……」
「説明いただきたい」
「えっとその……」
カールは答えに窮した。
前にケミィが言った押しかけ弟子の話では、カールの秘密がバレる事に神経を尖らせているメジクが聞き流すとは思えない。
だからといって、死後の始末に買った奴隷と言ったら、村の女性に骸骨呼ばわりされたから死のうとした恥を晒す事になる。
「メジク様。私は奴隷でございます」
「ばっ! ケミィお前……!」
「奴隷? 弟子ではないのか?」
「カール様がご自分の知識と技術を伝える弟子を探す際、奴隷であった私を拾ってくださいました」
「成程、後進の育成であったか」
「あ、あぁ、そうなんだ」
満足げに頷くメジクを見て、カールは胸を撫で下ろした。
気付かれないようウインクするケミィに、小さく頷き返したカールは、これで万事乗り切れたと思った。
が、しかし。
「しかしそれにしてはカール殿の体調が良いようだが」
「は? あ、あぁ、まぁな」
「弟子を取って忙しい割には、顔色も肉付きも良くなっている。何故だ」
「それはケミィが食事や生活習慣にも気を配ってくれてるからで」
「それはいかん!」
「何急に!」
メジクの反応に、カールが怯えて半歩引く。
「カール殿は追い詰められて必死に足掻いて、やつれているのが良いというのに!」
「俺そんなところ評価されてたの!? 意外だし嬉しくもない!」
「万能薬を一人で作っていた時の、人のために全てを投げ打っても力及ばずやつれていく様や、ここでやるべき何かを見失って寂しそうにする様にときめいていたというのに!」
「ときめくなそんなもんに! 毎回幹部待遇のお前が確認に来るの何でかなと思ったらそういう事かよ!」
「今からでも遅くはない! クードの製薬部門で一ヵ月徹夜で仕事をすれば、昔のカール殿に戻れる!」
「何でお前のときめきのために、俺が再度地獄に飛び込まないといけないんだよ! 無茶苦茶だなお前!」
カールの反論に、メジクは悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「くっ、こんな事になるのであったら、カール殿を自由にするか否かの会議で、もっと強硬に反対するべきであった……」
「何か随分揉めたって聞いたけど、あれお前のせいかよ! そんな男だとは思わなかった!」
「私は女だが」
「うっそ! 今の今まで男だと信じて疑わなかった! いつもスーツだし声も低いから!」
「そうであったか。道理で何度かアプローチしても無反応だった訳だ。ならば今から男女の営みを一晩中行い、それをもってやつれてもらうとしよう!」
「ケミィだけでもえらい引きの悪さだと思ったけど、立て続けにこれはないだろ! 何俺前世で圧政敷いてた王様!?」
にじりよるメジクに後退るカール。
その間にケミィが立ち塞がった。
「駄目です! やつれてしまったら私を殴る体力が残らないじゃないですか!」
「お前はお前で助けに来たんだか追い詰めに来たんだか、わからない発言をやめろ! どんな顔をしたらいいかわかんなくなるだろ!」
「どけ小娘。ここからは大人の時間だ」
「無駄ですよ! ご主人様は幼児性愛者ですから!」
「何と!」
「何言ってんのお前!」
驚愕する二人に構わずケミィは続ける。
「童貞でへたれなご主人様には、あなたのような大人の女性は恐怖の対象です!」
「くそう、反論したいけど事実しかねぇ!」
「確かに女性と話す時だけやたら挙動不審になっていたな。私には平気だったから気にも留めなかったが、そういう事であったのか……」
「そうすんなり納得されるとそれはそれで複雑な気分!」
深く頷いたメジクは、カールに真剣な目を向けた。
「ならば幼児化する薬を作ってくれぬか?」
「作るかぁ! 人がやつれるの見て喜ぶ子どもなんて、この世に生み出しちゃいけないもんだろ!」
「ご主人様! 暴力的になる薬でこの人を物理的に追い出しましょう!」
「どさくさ紛れに自分の願望通そうとしてんじゃねぇ! メジク! お前帰らねぇならクードとの関係全部切るからな!」
「む、それは困る。では今日はここで引くとしよう」
「可能なら二度と来ないで!」
メジクが帰ったのを確認して、カールは大きく溜息をついた。
「何で俺には特殊な奴ばっかり寄ってくるんだよ……」
「ドンマイご主人様」
「お前が筆頭だよ! くそう、やり場のない怒りが……。ケミィ! 目を輝かせてばっちこいって顔すんな! 金ならいくらでも出すから誰か平穏な日常を売ってくれぇ!」
読了ありがとうございます。
新キャラ登場。
クードとの繋がりを話に絡めようと思っただけなのに、うっかりスパイスを振りすぎてしまった……。
だが私は謝らない。
ちなみにメジクはドSというわけではなく、やつれフェチです。
今のカールに好意を寄せるレアな女性ですが、ケミィとどっちがマシですかねぇ……。
次話もよろしくお願いいたします。





