第二十二話 奴隷に過去を語りたくない
奴隷であるはずのケミィに様々な弱みを握られ、振り回されるカール。
今日は新たに過去を話す事になって、弱みをまた一つ握られるのであった。
どうぞお楽しみください。
「ご主人様、一つ伺ってもよろしいですか?」
「いいぞ。何だ?」
夕食後のお茶を渡しながらの問いに、カールは受け取りながら頷く。
「ご主人様は万能薬を生み出した有名人じゃないですか」
「お、おう。まぁな」
「なのにこの村での扱いはすごく普通ですよね」
「上げて落とすな! あーそうだよ! 何なら女の子からの評価は並み以下だよ!」
「自虐に磨きがかかってますね」
「お前が人の心の柔いところを的確に突くからだろうが! で! それがどうした!」
「いえ、万能薬の作り手なのに依頼は普通の薬ですし、村の外から薬の依頼もないですし、もしかしてご主人様、身分を隠しているのかなって」
ケミィの言葉に、カールは口元を押さえた。
「あ! そう言えば話してなかった! あっぶねぇ!」
「やっぱり隠していらっしゃるんですね。何故ですか?」
「あー、いや、まぁ、色々あってな……。とりあえず秘密にしといてくれるか?」
歯切れの悪い言葉に、ケミィはにっこり微笑む。
「そうですか。色々」
「あ、あぁ、色々な……」
「それは聞いてもよろしいですか?」
「え、ど、どうかなぁ……」
目が泳ぐカールに、ケミィの笑みが深くなった。
「わったしーのししょーは てーんさーいくすしー♪」
「な、何で突然歌うの!?」
「ばっんのーやーくも よっゆうーでつっくるー♪」
「お前、まさか……!」
「くっすりーのこっとなーら なーんでもおまかせっ♪」
「話さないとその歌を広める気か!」
「みっためはがーいこーつ らんららんららん♪」
「最後雑! わかった! 話す! 話すけど内緒な!」
「え? いいんですか? ご主人様を讃える歌を歌っただけなのに、教えてもらっちゃっていいんですか? やったー」
「ろくな大人にならねぇぞお前! ……まぁ、つまんねぇ話だ」
カールは溜息一つついて話し始める。
「万能薬を作って発表した時、俺は若かった」
「今も青二才じゃないですか」
「十一歳に青二才とか言われたくねぇんだけど! ……で、一躍時の人、と言えば聞こえはいいが、実際は薬を求める人が押し寄せて大騒ぎになった」
「……まぁ、そうなりますよね」
「できるだけ要望に応えようと昼も夜も作り続けてな。それでも一人の手じゃ全然追い付かなかった。だから栄養も睡眠も休息も全部薬で補って、必死に万能薬を作り続けた」
「……! それでそんな痩せて……?」
息を呑むケミィに、カールは決まり悪そうに頭をかいた。
「自分用だからって急いで雑に作った薬だったからな。それで半年くらいしたところで、クード製薬が万能薬の製法と販売の権利を買いにきた」
「だからクードが……」
「限界だった俺は言われるままにそれを売った。その時の提案で、俺は今クード製薬の研究室にいる事になってる」
「……成程、そうしなければまたご主人様のところに薬を求める人が来てしまいますから……」
「だから俺が万能薬を作った事は、村長以外知らねぇんだ。カールなんてどこにでもいる名前だし、薬の完成発表の時とは顔も体型も全然違うからな」
「そう、ですか……」
どんどん声のトーンが下がるケミィに、カールは慌てて声を明るくする。
「だ、だからさ、村長には金持ちのボンボンが、趣味で薬師やってるって話にしてもらってんだ! それで村の皆は俺が万能薬のカールだなんて思ってねぇ!」
「……ですよね。そうじゃなかったら、たとえ不気味でも見た目骸骨でも、女の子が放っておかないですよね……」
「地味にえぐるな! いいんだよ! そんな金目当てな女は俺も嫌だし!」
「じゃあ奴隷市場では何で身分を明かしたんですか……?」
「あの時は身分隠したままだと売ってもらえなかったし、まぁ、自棄になってたのもあるのかな……」
「……じゃあ、ご主人様が死にたくなったのって……」
「い、今はもう平気だ! お前の言う通り、ちゃんと飯食って朝起きねぇと駄目なんだな! もうちょっとやそっと嫌われたって」
「ご主人様……!」
突然ケミィがカールに抱きつく。
「お、お前! 何だ急に! おまっ、……泣いてるのか……?」
「私、ご主人様を誤解していました! お金のために万能薬の製法を売って、クードがそれで暴利を貪って、そのせいで多くの人が苦しんでるって……!」
「!」
涙声のケミィの叫びに、カールは言葉を失った。
(……そうか。それでこいつ、当たりが強かったのか……。こいつが奴隷になったのはもしかして……!)
申し訳ない気持ちと、それを上回る優しい気持ちが胸に満ちて、ケミィの頭を撫でるカール。
「早く説明してやれば良かったな。悪かった」
「ご主人様……!」
回した腕に力が入る。
カールはケミィが落ち着くまで、そのまま頭を撫で続けた。
「おはようございますご主人様」
「……ん、あぁ、おはよ……」
「今日も気持ちのいい朝ですよ」
「んむ……、きのうおそかったし、もすこし……」
「わったしーのししょーは てーんさーいくすしー♪」
「!」
「ばっんのーやーくも よっゆうーでつっくるー♪」
カールは布団を剥いで跳ね起きる。
「やめろ朝っぱらからその歌! 心臓に悪い! あれ!? 昨日の話で俺に当たり強くする必要なくなったんじゃないの!?」
「何の事ですか?」
「え!? あれ!? 何俺夢でも見てたの!?」
「そもそも私、当たり強い事なんてありましたっけ?」
「あったよ! あれが当たり強くないなら、罵倒や脅迫の概念が壊れるわ!」
「むぅ、まるで私が罵倒や脅迫をしていたかのように」
「今の歌がそうじゃないとでも!? 昨日のいじらしいケミィはどこに行ったんだよ!」
魂の叫びに、ケミィは頬をかく。
「いやぁ、昨日は色々感極まっちゃって……。でももう大丈夫です! いつも通りの私です!」
「あれでいいのに! 無理に戻らなくていいのに! 色々って何があったんだよ!」
「それはどうぞ折檻でも拷問でもして聞き出してください!」
「いやぁ! いつものケミィだ! 神様まで上げて落とすような真似を……! わかった! 起きる! 朝飯もすぐ行くからその歌をやめろって!」
読了ありがとうございます。
女の子にきゃーきゃー言われない原因。
別の意味できゃーきゃー言われる原因でもあります。
以前感想で書いた、『カールを訪ねて来る人』はクードのお偉いさんで、日帰りで済むところを村の宿に泊まるように仕向けてます。
『他の村へのマウント』は、金持ちの坊ちゃんがうちにはいるぞアピールです。
これで矛盾はないはず……(震え声)。
次話もよろしくお願いいたします。





