第十六話 奴隷が悪い意味でブレてない
辛くもお風呂別々を勝ち取ったカール。
しかしそんな勝利も、総合的にみたら悲しいほど些細なものでしかないのであった。
どうぞお楽しみください。
「ふぅ、いいお湯でした」
「……随分と長湯だったな」
「ご主人様に捧げる以上綺麗にしておかないと、殴った痕や血の跡が引き立ちませんからね!」
「そんな理由で長風呂する奴、世界を探してもお前くらいだよ! こっちは風呂の中で自傷に走られたらと、気が気じゃなかったのによ!」
「ご主人様。私はただ痛いのも嫌いじゃないですが、今はご主人様から理不尽に与えられる痛みを待っているんですよ。そこはご理解なさってください」
「あっそう! ちょっと安心したわ! いや、何一つ安心できる要素じゃなかった!」
大きく溜息をつくと、カールは椅子から立ち上がった。
「とりあえず俺は研究室で仕事に入る。お前は部屋の掃除と晩飯の支度を頼む」
「お仕事ですか? でももうご主人様は働く必要はないのでは?」
「万能薬は製法と一緒に販売権も売ったからな。自分や身内に使う用に作る分にはいいが、人に売ったり譲ったりできねぇんだ」
「……はい」
「だから村の人の病気や怪我には、症状に対応した薬を調合してるんだ」
「それで『先生』って呼ばれてるんですか」
「まぁな」
少し得意げになるカールに、ケミィはにじり寄る。
「どんな薬でも作れるんですか?」
「何でもってわけじゃねぇけど、簡単な病気や怪我なら一日二日で治せるぞ」
「流石ご主人様! 天才薬師!」
ケミィの賞賛に、カールは顔をしかめた。
「お前に褒められると嫌な予感しかしないんだけど」
「いえ、これはご主人様にとっても有意義な提案です」
「有意義な提案?」
「はい!」
にっこり笑ったケミィは、自分の胸の前で手を丸く動かす。
「胸が大きくなる薬とか作ったら、女の子にモテモテになるんじゃないかと!」
「馬鹿かお前! それは別に見せたい男がいるからほしい薬だろうが!」
「女の子同士のマウントの取り合いでも使いますよ」
「やだ聞きたくなかった女の子の現実! どっちにしても薬あげるまでの間のモテモテなんて、空しくなるだけだろ!」
「ご主人様を誘惑するために欲しがる子がいるかもですよ?」
「そんな夢にすがり付けるような甘い人生送ってねぇんだよ! あと男が全員巨乳好きだと思ったら大間違いだからな!」
カールの魂の叫びに、ケミィはぽんと手を打った。
「つまり私の体型はご主人様的にどストライクだと」
「大きい事はいい事だ。うん」
「なら作ってください。きっと万能薬を超える大ヒットになりますよ」
「人それぞれでいいんじゃねぇかなぁ。個性だよ個性」
「つまり私の胸は今のままが至高だと」
どう話を振っても、棒を咥えて来る犬のように話を戻すケミィに、カールは耐えきれずツッコむ。
「言ってねぇ! 何なんだお前は! ガキのくせにませた事ばっかり言ってこのエロガキが!」
「むぅ、心外です。私はえっちな事を求めているのではなく、それに伴う痛みと苦痛を求めているのです」
「エロガキの方がましだった!」
「ご主人様が直接殴ったり蹴ったりするのには抵抗があるようなので、やむなく抵抗の少ない方向からアプローチしているだけです」
「そんなスモールステップあるかぁ!」
「で、胸があるのとないのではどっちが殴りたくなりますか?」
「どっちもならん!」
「ならば蹴りなら」
「何で蹴りならワンチャンあると思えるの!? ポジティブの生まれ変わりなの!?」
「試す前から諦めるのは、わずかにある可能性をゼロにしてしまう愚かな行いですから」
「はなからゼロだよ! わずかにも可能性はない!」
「そういう姿勢が彼女のできない理由だと気が付きませんか?」
「無理なもんを無理と判断するのの何が悪いんだよちくしょう! こちとら伊達に魔物扱いされてねぇんだよ!」
「自虐がひどい」
やれやれと息を吐いたケミィが、ぴっと指を立てた。
「それでも女の子が喜ぶ薬で知名度とイメージを上げるのは、良い手だと思うんですよ」
「う、うーん、そう言われてもな……。何が良いのかよくわからんし……」
「まずは胸が大きくなる薬と小さくなる薬を両方作りましょう! 気分でサイズを変えられるように!」
「そこに戻って来るのかよ!」
「これに男性が元気になる薬を作ってセットにしたらばっちりです!」
「何がばっちりだ! 薬師は夜のお楽しみグッズのメーカーじゃねぇんだよ!」
「暴力的になる薬と回復薬をセットで販売すれば、プレイの幅も広がりますね!」
「それはお前の願望だろ! そんなもん作ったら料理に混ぜられるわ間違いなく! いいから掃除をしろ! ……違う! しれっと研究室に向かうんじゃない!」
読了ありがとうございます。
ドラゴンもまたいで通る、盗賊◯しの魔法少女が血相変えて買いにきそうなお薬ですね。
「先に言われた!」と思ったそこのあなたとは良い酒が飲めそうです。
次話もよろしくお願いいたします。





