第十二話 奴隷が突きつける現実に涙を禁じ得ない
ケミィにいいように振り回されて、服を買い与えたカール。
疲れたカールに、現実は非情にも襲いかかるのであった。
どうそお楽しみください。
「やっと終わった……」
「お疲れ様でした」
服を十着ほど買い揃えた後、日用品を購入し、家への配送を頼むと、カールは広場のベンチでぐったりと項垂れた。
「もう少し体力をつけないといけないですね。このままだと虐待の最中に息切れなんて情けない事になりますよ?」
隣に座ったケミィの言葉に、カールはがばっと顔を上げる。
「主にお前のせいによる気疲れだからな! あと体力はもう少し付けなきゃとは思うが、虐待のために鍛える事は決してない!」
「最初のきっかけなんて、何でもいいんですよ。鍛えた後でどう使うかは、その時考えればいいんですから」
「くそう、言葉自体は間違ってないのに同意したくない!」
「そういえばご主人様なら、筋肉増強薬とか作れるんじゃないですか?」
問われたカールは腕を組んで、うーんとうなった。
「まぁ筋肉を発達させる薬自体は作れるけど、運動機能を向上させるには身体全体のバランスが必要だからな。ただムキムキになっても強くなるとは限らない」
「そうなんですか。万能薬は飲んだだけで治るのに……」
「万能薬は、飲んだ人の身体の設計図に働きかけて、『健康な状態に戻す』という効果を高めるだけだから、微調整とかいらない分楽なんだよ」
何の気なしにぽろっと言ったカールの言葉に、目を見開くケミィ。
「……改めて思いますけど、ご主人様は天才なんですね」
「えっ」
「私じゃ、いいえ、世界中の誰もが望んでいても作れなかった万能薬。それを楽だなんて……」
「何お前怖い」
「素直に感想を言っているだけですよ」
「てっきり万能薬がほしくてお世辞言ってるだけかと思った」
「……」
「おい」
目を逸らしたケミィは、カールの呼びかけに勢いよく振り向く。
「さっきのチョロさはどこに行ったんですか! やっぱりドレシーさんじゃないと駄目ですか!」
「い、いや別にそういうわけじゃなくてだな……! ん? ちょっと待て! チョロさって、さっきの『素敵』とか『漢気』って俺に服を買わせるためのお世辞だったのか!?」
「あ」
「くそう、素でめちゃくちゃ喜んでたよ! は! ドレシーさんの『素敵』とかもそうだったのか!?」
そうであってほしくないと縋るような目を向けるカールに、ケミィは事もなげに現実を告げる。
「まぁそうでしょうね。ご主人様はボロい客ですし、彼氏いるって言ってましたし」
「彼氏いるのかよ! その情報知ってたとしても今言う!? 夢を砕くだけじゃ飽き足らず砂になるまで砕きやがって!」
「ならもう少し引っ張ってからの方が良かったですか?」
「いや! そっちの方が傷が深くなった気がするから、礼は言いたくないけどありがとう!」
「そんなご主人様に朗報です!」
「今更お前の何を信じろって言うんだよ!」
悲嘆に暮れるカールに、ケミィは笑みを深めた。
「まぁまぁ。ご主人様のお嫁さん候補には、ドレシーさんのように彼氏持ちは含まれていないそうです」
「だろうね! 俺だって彼氏から刺される事態は避けたいわ!」
「えー、勿体ない」
「勿体なくない!」
「それはさておき、そんな特例があると聞いたら、村の女の子達はどうすると思います?」
「……まさか」
「はい、空前の告白ブームだそうですよ。これまで踏み出せなかった幼馴染とか、友達以上恋人未満の関係の男女がどんどんカップルになってるんですって」
「ぐあああぁぁぁ!」
頭を抱えるカールの背中を、ぽんぽんと叩くケミィ。
「女の子達はご主人様のおかげで踏ん切りがついたと感謝して、男の人達は彼女ができて大喜びだそうですよ。良かったですねご主人様!」
「あぁ良かったね! 俺のいらん発言が村の幸せに繋がって本当に嬉しいな!」
「泣いてます?」
「泣いてない! 泣いていたとしても感動の涙だから問題ない! さぁ帰るぞ!」
「その行き所のない怒りを、家でたっぷり私にぶつけてくださいね」
「怒ってないし! 全然怒ってないしむしろ喜んでるから! ただ昼を食ったらちょっと寝るから、飯は軽めのを作るように! いいな!」
読了ありがとうございます。
カール、怒りのふて寝宣言。
今なら「この村のためにあえてあんな事を言ったのさ」とか言えば、女の子の株が上がる可能性が微粒子レベルで存在する……?
次話もよろしくお願いいたします。





