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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
二 良純和尚はお山から玄人を思う
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誰なの、あいつは?

「お前の責任だろ。こんなに可愛ければ襲われるの当たり前でしょう。」


 ちょうど世田谷に住む婚約者宅詣をしていた楊によって玄人は救われたが、俺は奴に礼を言う間もなく開口一番に叱られた。


 叱られて見直せば、玄人の出かけ先は町内の清掃でしかないと、汚れても構わないヘロヘロのジーンズにヒートテックの長袖Tシャツ姿だ。

 そこに寒くないようにとボレロのような形の防寒着を着せているだけである。

 まぁ、服で遊べなくて哀れだと、必要以上に毛先をカールさせてもみたが。

 彼の髪型は顎のラインで切りそろえてシャギーを多く入れた長めのショートヘアである。

 勿論、美容師に指示をしているのは俺なのだから、俺が彼の髪型を弄っても、何のおかしな事は無い。


「可愛いのは当たり前だが、格好は普通だろ。」


 楊はこっちが噴出しそうになる程の、本人比では気難しい顔をぬっと俺に寄せた。

 それから大声で俺を怒鳴りつけたのである。


「どこがだよ!髪型は何時もよりフワフワクルクルで可愛いし、Tシャツは登山用の伸縮性の高い薄手の奴だろ。腰の細さや上半身の体の線が丸わかりじゃないか。その上羽織っているボレロがピンクブラウンのフェイクファーって何だそりゃ。襟から前立て裾までも、花みたいな形の毛玉が飾っているじゃんか。プードルちゃんか?ふざけんな!こんなん、どうぞ襲ってくださいパッケージだよ。お前はいっぺん頭の検査を受けたらどうだ。俺のちびに何をしてくれてんだよ!」


 彼は玄人を物凄く可愛いと褒め称えた上で、こんな男のせいで可哀相にと、ぎゅうっと玄人を抱き寄せ、俺はそんな親友の頭こそ検査してもらうべきのような気がしていた。


「まぁ、何だ。今後こういうことが無い様に挨拶に行きてぇからよ、誰だ?そいつ。」


 楊は俺から目を逸らした。

 どうやら彼は面倒くさいからと、警察沙汰にはせずにその男を痛めつけただけで放置して我が家にやって来ていたらしい。


「お前、警察官だろ?」


「ここは俺の管轄じゃねえよ。俺は神奈川県警さんだ。」


 楊は自分の腕の中に抱きしめている玄人を見下ろした。


「で、誰なの?あいつ。」


 けれど、我が家の馬鹿はただの馬鹿でしかないのである。

 彼は楊を振り仰ぐと、小首を傾げて「わかんない。」と楊に答えた。


「え、わかんないの?ちびは町内会の活動をずっとやってきたでしょう。」


 楊は驚いて、信じられないと玄人をまじまじと見つめて伺いだした。

 それに居心地が悪く感じたのか、玄人はちょっともじもじとしながら口を開いた。


「だって、町内会の人は、僕は顔しか知らない。誰の名前も覚えていないし。」


 俺までも呆然としてしまった。彼は一年近くは町内会で活動してきたはずだ。


「ババーズフォーぐらいは名前言えるだろ?波貝、磯田、浜口、沖だ。お前を孫娘みたいに見守って、お前が気落ちしていると思い込む度に俺を囲んで叩いてくる、あのババー共だ。」


「お前はババーズフォーに叩かれているんだ。」


 楊の茶々をどうでもいいと流してしまった俺は、実は動転していたのかもしれない。

 玄人は俺にゆっくりと振り返ると、小首を傾げただけなのである。


「お前の大事な録画機能つき監視カメラだろう。どうした?武本の本拠地の、あの青森の村では、村民一人残らずお前は覚えていたじゃないか。」


 すると、玄人は眉根を寄せた困った表情ながら、その顔に合わない無神経さの塊のセリフを言い切った。


「だって村の人は武本の人達ですから。町内会の人は武本物産に関係ないし、商売相手でもないからいいかなって。通販利用してくれていたら尚更僕が元締めだって知らせるべきじゃないですものね。それに記憶力って際限あるから、僕は無駄な事に使いたくない。」


「お前。可愛い顔している癖になんて銭ゲバなろくでなしなんだ。」


 俺は玄人の返答に至極納得したが、楊が唖然とした声をあげたところを見ると、矢張り楊は俺達よりも上等な人間で在るらしい。

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