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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
二 良純和尚はお山から玄人を思う
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位が上がれば苦労も増える

 さてお山にて今の俺は干されるどころか、俺よりも偉いはずの奴等まで媚を売ってくる始末だ。

 一八〇度変わった山の俺への厚遇対応を、未熟な俺はただただ喜んでいたのである。

 しかし、位が上がれば布施の金額も上がり、融通を利いてもらえればいざと言う時の拘束力が増すという基本的な事を忘れていた。


 思い出したのは元帥である大僧正様にお目通りなどかなわないまま、テルテルの横に立つ会計方を預かる権大大師の准将和尚に事の次第を説明されたその時だ。

 笑えるが、本名が東大寺とうだいじ准将じゅんすけであるお人らしく、僧名でじゅんしょう読みになった人であるのだ。

 玄人に説明した時に准がつく階級を忘れていたと、俺も少尉ではなく准尉だったかもしれないと韜晦してしまったのは仕方がないだろう。

 人の名前で笑うのは最低だが、俺が彼からの説明を聞きたくない気持ちだったのだから仕方がない。

 僧の仕事だと喜び勇んでお山に来たというのに、俺に与えられたお題目が、「ざ横領犯を探せ」でしかなかったのだ。


「良純和尚ならば必ずやあなたの憂いを晴らして見せましょうとも。」


 俺は照陽の後ろで笑顔だったが、安請け合いするんじゃねえ、テルテルじじい!と心の中では叫んでいた。

 結局まだまだ下っ端の兵隊でしかない俺は、テルテルに言われるまま山に大金を上納し続けた褒美として、山からのお題を解決するまでは監禁されるという目に遭ってしまったのである。


「私はまだまだ未熟者ですね。」


 部屋に入り、書類を読みながら思わず弱音を吐いた俺を、テルテルは叱るどころかふっと鼻で笑い飛ばした。

 彼は機嫌が良いのだ。

 監禁されたも同然の俺の目の前で、いそいそと外出の用意をしているのである。

 それも夜遊びであり、本日は一見の立ち入れないどころか、一年以上先まで予約の埋まっている京都の高級料亭でのお食事会だ。


 留守番の俺がテルテルのために席を設けるよう要求され、玄人の祖母武本咲子に俺が頭を下げて頼む羽目になった事には納得できないが。


 咲子の実家は高級料亭から財を成した、日本の食関係では大手の花房フードである。

 彼女は武本物産よりも個人で財を持っている御仁なのだ。

 玄人は彼女を通してそのような財界の重鎮に可愛がられている子供であり、だからこそ老舗でもしょぼい武本物産であるにも関わらず、山が「御曹司を大事に守れ」と俺を優遇するのである。


 テルテルは山以上に強欲に玄人の利を享受しようと俺を動かし、そんな彼に無欲な俺は適う訳はないと彼の脇でせっせと監禁仕事をこなすしかなかったが、残念なのが准将和尚に与えられたその仕事が、僧侶の修行にもスキルにも全く意味をなさないというものである事だ。


「公認会計士を入れれば一番早いでしょうに。山にだって沢山いるでしょう、資格持ちの坊主が。会計方は飾りですか?」


「黙りなさい。秘密裡だと言っているでしょうが。君の得意分野なのだから頑張りなさい。今回公に出来ないこの事で何の褒美もありませんけどね、山の奥底を知る事で和尚の山での影響力が増すのだからね。しっかりと、抜かりなく、ですよ。」


 善人であろうとする俺についた指導僧は俗物だった。

 俊明和尚の真逆だ。

 俊明和尚は俺に親の愛という無辜の愛情の存在を教えたが、テルテルは俗世の渡り方ばかりを俺に囁く。

 否、好きにやりたければ宿題を片付けてからと尻を叩く教育ママか。


「私は照陽様のお言葉を拝聴するたびに、自分の愚かさを毎回思い知らされますよ。」


 彼はぱしんと俺の頭を叩くと、書類束に埋もれている俺を放ってさっさと部屋を出て行ってしまった。

 お食事会の後にも夜は続く。京の町は誘惑が一杯だ。


「誘惑に浸る振りで敵も味方も酒色に沈める気か。恐ろしい人だ。」


 彼は俺を後押ししているようだが、自分の野望のための点数稼ぎに俺をだまくらかしているだけかもしれない。

 しかし俺が彼の阿漕な所に惚れてしまったのは確かであり、新参の弟子らしく粛々と山の横領事件ととその仕組みを解こうと書類に戻ることにした。

 山に来る前に玄人が襲われたのだ。

 彼の身の安全への不安を俺の意識から払拭するには、これは脳の運動になるとても良い題材であるといえた。

 畜生。

 自宅間近で大事な玄人が襲われるとは。

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