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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
十七 ヘビは脱皮し永遠の輪っかを作る
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僕達の誕生日だ おかえりなさい、かわちゃん

 楊は不満たらたらのようだ。


「髙が俺に何て言ったかわかるか。そちらに戻ったらゆっくりお話しましょうね、だよ。俺は今すぐ懲戒免職されて日本脱出したい気持ちだね。」


「淳平君は髙さんの隣のベッドで昏睡状態って設定でしたね。勝手に自殺しないようにって事なのでしょうけど、酷いことをしますね。そんな事をしたら良純さんがどれだけ傷ついてしまうか考えなかったのですか。」


「俺の仕業じゃないよ。大体さ、俺が自分が知らない内に人殺しや似た事をしているかもって悩んでいる時に山口の自殺っぽいあれでしょう。俺はあれで決意したんだからね。お前に命をあげてコントロール出来ない自分をお終いにしようって。」


「え?かわちゃんはそこからなの?」


「だってさ。心配していたお前が昏睡で倒れて、百目鬼はお前が別人だって言い出すだろ。山口はもうボロボロでさ。お前がいるはずの病院に一緒に行ったのに、お前とあいつは姿を消してしまって、その翌日にはあいつの愛車が死体入りで大炎上。いくら俺だってボロボロだよ。」


「え?淳平君の車、燃えちゃったの。」


「ああ。世田谷のクロトはあいつだろ。」


「え?淳平君のは相模ナンバーでしょう。」


「え?嘘。だって百目鬼が世田谷で買い与えたんでしょう。」


「でも持ち主は淳平君でしょう。車庫証明はかわちゃんちの裏の良純さんの月極駐車場ですもの。車の登録はそっちでしょう。」


「あー。そっか。それじゃあ、あの車は誰のものだ?」


 ぶつぶつと何時もの顔で考え込み始めた楊の姿が嬉しくて、僕は無意識に楊ににっこりと微笑んでいた。

 するとなぜか頭を叩かれた。


「いたい。」


「男を誘う顔で俺を見るからだ。この馬鹿。襲われたいのか?」


「ひどい。あんなにお帰りなさいしてあげたのに。ひどいです。」


 楊は僕を眇め見た。

 眉根を寄せて細目で僕を睨んでいるが正しい。


「俺はお前のよーなろくでなしに、自分の大事な命を捧げようとしていたのか?」


「ふふ。かわちゃんが計画したとおりにかわちゃんの命を貰っていたら、僕は一体どうなっていたのでしょうね。」


「もう少し生きていけるはずだったさ。いいのか?お前は余命のないその体でいいのか?ずいぶん体が弱まっていただろう?死にぞこないのじじいの余命なんか貰っても、大したことが無いだろうに。」


 僕はベットから身を乗り出して彼に抱きついた。

 何度も何度も「お帰りなさい。」を繰り返して抱きついた時のように。

 僕自身、あれはとても楽しく幸せだったのだ。

 彼は僕を抱き返し、僕の頭に頬ずりをした。


「俺がお前を失いたくないんだよ。」


 あぁ、僕はなんて幸せものなのだろう。


「かわちゃん。僕は死にませんよ。僕は死ぬんだという思い込みの衣を脱ぎ捨てて、細胞が活性化する命の活力を目覚めさせました。」


 僕は楊にぽいっとベッドに放り投げられた。


「なんだ?それ?」


 彼はやっぱり眉根を寄せているが、何時もの楊の変な顔だ。

 僕は本当に楊が帰ってきたのだと嬉しさが湧き上がり、気楽と為った僕は僕の体の真実を彼に告げる事にした。


「命って、生きている限り生きているものだったのです。自分に寿命がないという思い込みがそのまま呪になって、そのまま自分の体を蝕んでいたのです。最初は記憶喪失で、でも、唯一確実に見えるものだから縋りついて。記憶を取り戻したら良純さんに縋りつきたいからとその考えを否定する事を一切しないで。それに淳平君も手放したくなかったから、僕は必死で自分が死ぬのだと思い込んだのです。」


「どうして淳平のところは過去形なの?」


「僕は……えと。あの。えと。」


「どうしたの?」


「あの。」


 僕は病衣の打ち合わせを解いて、パンツも下げて楊に体を見せた。


「うそ。」


「これじゃあ、淳平君の恋も冷めるでしょう。」


「そしたら葉山にしろ。あいつはその体の方を喜ぶだろ。」


「えー。でも、でも、男のしるしは無くなったけど、女の子の穴は開いていませんよ。」


「女の子の穴ってお前。あなって下品。」


 僕の情けない言葉に対して楊はいつまでもくすくすと笑い転げ、そして終にはベッドに乗り上げてごろっと僕の隣に転がったのである。

 そして、転がるだけでなく僕の膝に頭を乗せ上げた。


「俺をこの世界に戻したのだからな。お前は責任を持って俺を可愛がって愛せ。」


 僕はこのどうしょうも無く我侭で、子供のままでいたいらしい魔法使いを可愛がる事にした。

 愛している彼を可愛がるのは当たり前だからだ。


「かわちゃん。今日はホワイトデーだったね。誕生日おめでとう。」

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