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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
十七 ヘビは脱皮し永遠の輪っかを作る
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僕は大事な玄人を脱ぎ捨てていた

 僕が目覚めたのは見知らぬ病院の一室であった。

 僕が行方不明だった理由は、相模原病院から搬送される時に手違いにより違う病院に搬送されたとのことだった。

 そして、ここでずっと治療を受けていたらしい。


 書類上は。


 意識を取り戻した僕は、入退院の手続きのことで病院職員に質問攻めにされかけたが、説明するのも面倒なので、とにかく良純さんに迎えの連絡をしてほしいと繰り返した。

 彼が全部請け負ってくれるから、と。


 その彼と連絡がつかないのだと騒がれたので、元々の転送先の病院に掛け合えばいいでしょうと、気がつけば僕は物凄い大声で怒鳴り返してしまっていた。

 本当に良純和尚が早く迎えに来てくれなければ、太々しく振舞ってしまった僕がこの病院の人達にぞんざいな扱いをされる事は確定だろう。


 だが、怪我の功名か、良純和尚が本来の転送先にいたらしく、僕の入院費その他が踏み倒されることが無い事に安心したか、僕の周りから人が去り、ようやく一人になることができたのである。


 静けさを手に入れた僕が第一にした事が、実は体を見下ろして上半身が少女の体のままであることを確認した事だ。

 以前こん睡状態だったときに全身が毛むくじゃらになっていたので、全身を確認しながらその最終確認も怖々とした。


 つまり、パンツの中を覗いたのだ。

 そして調べるのでは無かったと後悔した。


 僕の体から僕が男であった証拠が消えていたのである。

 僕は急いでナースコールを押して担当医師を呼んだ。


 僕の体はどうしちゃったの!と。


 僕のカルテと担当医師の説明によると、僕は染色体異常によるXXYであることまでは今までと同じだが、最初から男性器らしきものをぶら下げてはいなかった模様である。

 なんと、僕に添付されていた元のカルテと保険証コピーも性別は女としての記載なのだ。

 意味が分からずに挙動不審になっている僕の新たなカルテには、きっと染色体異常を原因とした心身症かパラノイアと追加記入された事だろう。


 僕はあの大嘘つきが「蛇の脱皮」というキーワードを僕に何度も繰り返していた理由を、身をもって知ったのである。

 僕は彼から命をもらったのではなく、武本当主に必須だと思い込んでいた男性性を、蛇の「脱皮」のように捨て去ることで本来の寿命を手にしただけであるのだ。


 XXYの僕には、女性に近い無性体であった方が自然体だったという事なのであろう。


 よって僕はこの先も生きられる。

 あとは武本の呪いを返上するだけだ。


 そして、男性器が無い事に僕が衝撃を受けたのはほんの数分で、無い事を簡単に受け入れた自分には驚いていた。

 男性器が無いだけで女性器も無いままだからかもしれない。

 不完全だった睾丸らしきものが体内に引っ込んで女性の恥丘を作り、ペニスの代りに女性器にあるような尿道がその間に隠れているのである。


 一見幼女の下半身にも見える人形のような下半身は美しいかもしれない、と思い込み始めた自分がろくでもない事も承知している。


 笑いたければ笑え。


 僕は健康を望んだけれど、無毛なつるつるの体こそを愛しているのだ。

 小水を出すだけのいつまでも幼児のような器官をぶら下げて、自分の体が恥ずかしいと、自分の価値の無さに落ち込むよりも、無ければ無いですっきりしていいだろう。


 そう考えて自分を慰める事にしただけなのだ。

 きれいなのだからいいだろうと、僕は失うだろう愛と、本当の武本玄人の完全な死を追悼するために少し泣いた。


 泣いていたら、一時間しないで良純和尚が僕の入院している病院に迎えに来るからと、棒の様子を見に来た看護師が慰めてくれた。

 僕の不明によって過労で倒れた彼は、本来僕が搬送されているはずの世田谷の病院に入院していたが、手違い先の病院から僕の居場所を知らされるや否や、大笑いをし出して回復してしまったそうだ。


 なぜそこまで町田の看護師が知っているのかというのは、世田谷の病院の事務方からの申し送りで、そんな危険な男が来ると知らされたからだそうだ。

 彼は退院を引き止める医者を脅しつけて、どこかの王様のような横柄さで退院手続きを済ませて病院を飛び出したのだという。


 なんて非常識な人だ。


 心優しい看護師が去って暫くすると、楊が点滴をつけた姿で僕の病室に現れた。

 彼はそのままベッド脇のパイプ椅子に座ると、過労死寸前で保護されてこの町田の病院に搬送されたのだと笑った。


 楊は気づいたら見知らぬ公園のベンチに座っていたらしい。

 子供達を連れて来た母親達が楊を遠巻きに眺める中、意識を取り戻した彼は立ち上がろうとしてそのまま崩れ落ち、次に気がついた時は救急車のストレッチャーの中だった。


「こっちに戻すつもりなら、俺も最初から病院にしてくれれば楽なものを。」


「そうしたら、犯罪を追っていた警察官を演出できないじゃないですか。勝手に仕事を休んでいたら懲戒免職でしょう。」


 楊は鼻息荒くふんっと息を飛ばした。

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