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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
十七 ヘビは脱皮し永遠の輪っかを作る
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同じくらい全部を愛せ

「兄さん。具合は如何ですか?」


「兄さんはやめろ、葉山。お前は相模原にいなくていいのか?」


 俺の見舞いに世田谷まで来た相模原のホープのキャリア刑事は、好青年とはいえない歪んだ笑みを返した。


「どうした?」


「最悪ですよ。皆好き勝手して俺に全部押し付けて。俺はかわさんの鳥の世話に山さんの馬鹿犬の世話に、髙家の犬の世話までさせられながら修羅の家にも呼びつけられ、職場ではけだものを抑えながら不可解な上司同僚行方不明事件までも纏めさせられているのですからね。あぁ、そうだ。愛すべきクロのネズミも俺が世話をしていたんだった。」


 彼は大きめのボストンバックを開けると、中から小型のペットキャリーを取り出して俺に押し付けるように手渡した。


「俺はもうギリギリです。」


 俺は思わず大声で笑い出し、笑いながらペットキャリーを受け取った。

 数日振りの玄人のネズミは何時もどおり子豚に見える不細工さで、俺と目が合った途端に四足で踏ん張った姿で元気一杯にプイプイと泣き出した。


「ありがとうよ、葉山。俺もそろそろ退院しようと思ったところだ。髙は宮崎の日南なんだってな。あいつは俺の事を何か言っていたか?」


「さぁ。俺は杏子ちゃんとしか話してないですからね。兄さんも髙と山口の失踪について何かご存知だったのですか?」


「俺が髙を刺したからね、具合はどうかなぁってさ。死なないように、生きないようにって、割合と狙いどころが難しいよね。傷が浅過ぎたら意味が無いしねぇ。」


 ぼさ。


 葉山がアンズケースを入れてきた空のボストンバックを床に落とした音だ。

 そして彼はそのまま固まっている。


「あぁ、しまった。お前は普通に常識的な奴だったか。」


「いえ。普通じゃなくても固まりますって。どうして刺したのですか?」


 動き始めれば鬼畜な男だ。

 パイプ椅子を持ってくるのも面倒なのか、彼は俺のベッドに躊躇なく勝手に腰掛けると、俺の次の言葉を目を輝かせて待っている。


「何。状況が停滞していただろ。そういう時は破壊するのが一番なんだよ。特に黒幕がマヌケな楊一族だろ。あの家は全員人が良すぎてな、家業を手伝ってくれた俺への感謝だって競売部門を丸ごと譲渡するんだぜ。抱える物件丸ごと、宝の山をだ。俺は驚いたね。こんな間抜けな人間がこの世にいるとはってね。だったら、目の前で死に掛けている奴がいたら絶対に助けるだろ。あの青天目なんか、助け損ねたからか知らないが、物凄く手厚い持て成しを受けているじゃないか。」


「それで、髙を。」


「あぁ。事態は動いた。俺が次に馬鹿な動きをしないようにと山口を返してきた。俺に対する嫌がらせか、日南なんて遠い所にあいつらは捨てられてしまったがね。」


 そこで葉山の若々しい笑い声が弾けた。

 物凄く楽しそうだ。


「お前はやっぱり鬼畜だね。」


「酷いですよ。それじゃあ、鬼畜ついでに、今の俺の停滞した状況を破壊するお知恵をお貸し願えませんかね。」


「順風満帆のお前は何が停滞しているんだよ。」


 ハンサムな男は一瞬真面目な顔に戻ったが、ふうっと息を吐くと再び軽薄な表情を作って俺を覗き込んだ。


「真っ当な男が鬼畜でいるって難しいよな。」


「はは。お見通しですか?俺はどうしたらクロに認めてもらえるんでしょうね。どうしてかわからないけれど、どうしても思い切れないんですよ。彼を見ると抱きしめたくて堪らない。佐藤ちゃんにも惹かれているけれど、彼を目にしたら全てが消えてしまうんです。そんなんで、彼女に応えることなどできないでしょう。」


「お前は最初から認められているさ。それにお前があいつの顔に惑わされるのは仕方が無いことだ。あれは白波神社の本尊の顔だって白波の連中は言っているね。神様の顔だ。人間が太刀打ちできるもんじゃないだろう。」


「はは。俺は一生独り身ですか。」


「お前は真面目だな。二人でも三人でも、惚れた人間、全員愛せばいいだろ。金と体力と時間を平等に振り分けられるんならな。偏りが出来てしまっては落ち込む奴の様子に、俺でさえ一々心が砕けそうになっているという、面倒な生き方だがな。」


「はは。落ち込むのは山さんですね。」


「そう。あいつだ。」


 そこで俺達は笑いあっていたが、葉山のスマートフォンが震えるのと同時に、看護師が俺の病室を突撃して来たのである。


「あぁ、大変だ。ネズミを隠さなければ。」


 鬼畜の振りをしている繊細な男は、アンズの籠を自分の腹の下に入れるようにしてベッドの上に伏せて、その体勢のままスマートフォンを耳に当てだした。


「はい!了解しました。はい。はい帰るって!もう!そんなのは五月女君か丸尾さんに投げちゃって。君達は事件を投げる天才でしょう。いいよ。それは特対課の案件じゃないって。いいから投げて。」


 俺は彼の姿に微笑みながら、突然侵入してきた看護師に顔をむけた。

 彼女は俺の母親と言ってい程の年配だが、俺よりも純情そうな素振りでもじもじと俺に近づいて来た。

 この女は俺に何を告げたいのであろうか。


「あの。気を確かにお持ちになってね。」


「なんだ?」


「こちらに転院するはずだった奥様が見つかりました。町田新生クリニックに誤転送されていたそうです。奥様は意識も戻られて、早く迎えに来て欲しいと。」


「まじで!」


 葉山は思いっきり体を起こし、丸見えになったモルモットが喜びに大きく歌いだした。

 俺は医療施設でありながら息子ではなく奥様と勘違いされている事に首をかしげながらも、事態の変化に大声で笑い声を上げていた。

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