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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
十七 ヘビは脱皮し永遠の輪っかを作る
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僕は意図的に黙っていました

 どうして僕がそんな願い事を出来るだろうか。

 僕を生きながらえさせようと計画を練った男は、最後の締めくくりに自分の命を捧げるつもりだったのだ。


 これが彼の贖罪。


 愛する人達を手にかけた誠司は、あの日にきっちり死んでいる。

 三條英明として沢山の人を殺していたとしても、それが転生しただけの別の人間の楊に何の咎があるというのだろう。


「嘘つき。ダイダイだってそんな事を望んでいない。枯れかけてから水やりをして助けたのはかわちゃんでしょう。僕はかわちゃんが居ない世界は嫌だ。」


「シー。そんな願い事は駄目でしょう。ほら、ちび。生き返りの願い事だ。」


「嫌です。」


 しゃがんで膝に顔を埋める僕を、楊は覆いかぶさるようにぎゅうと抱きしめた。


「俺は楽しかったよ。お前との新婚ごっこ。体の関係も無いママゴトだから尚更ね。俺はね、辛いんだ。良かれと思っても皆を不幸にしてしまう。俺が押さえていなかったせいで犯罪者になって、それだけでなく、復讐として嬲られて二日も死ぬまで苦しんだなんて最悪だろう。実の祖父に蹴り殺された小学生の不幸も俺が呼んだものなんだよ。俺はさぁ、どうしてもろくでもない誠司なんだよ。結局人を殺してしまうろくでなし。」


「違う!かわちゃんも誠司もろくでなしなんかじゃない。」


「じゃあどうして、俺は人殺しの三條になってしまったのだろうね。」


「犯罪行為を責める君の親友を、仲間が殺してしまったからだよ。」


 僕と楊は聞き覚えのある声に同時にゆっくりと振り返った。


「君の副官でもあった彼は、自分が仲間を纏められなかったと、君に相談せずに一人で仲間と対時して、そのまま殺されたんだ。馬鹿な君は全部自分の責任だと、親友殺しの仲間を断罪する事も出来ずに、全て世界が悪いからだと、仲間の咎をも背負って三條英明に成り下がってしまったのさ。」


 楊の着ているコートと同じものを羽織った彼は、楊と全く同じ姿に同じ顔をしているが、表情は長く生きてきた老人のそれであり、そして双眸は子供に対する慈愛で満ちていた。

 彼が楊の作った人格ではありえない。

 あるはずがない。


 長谷は楊と同じようにもう一つの時間の止まった世界を作って、大事な息子のために寿命を温存していただけなのだ。

 だから生きている人だったのだ。


「親父。」


 楊は僕を抱く腕にぎゅうっと力を込めた。


「やっぱり君は君自身に戻ってしまったね。楊家で幸せな生育環境を与えれば勝利のままでいられると、僕の猫の生まれ変わりと騙されていてくれると思ったのだけど、無理か。」


「きゃ、わぁ。」


 僕は急に楊に手放されて転がってしまったのである。

 楊は毛を逆立てるほどの勢いで、彼の身の上の元凶とも言える長谷貴洋に向かっていっていた。


「当たり前だ。馬鹿。前世が猫と言われれば、尚更違うと発奮するわ、この馬鹿。」


「勝利って冗談の通じないやつ。詰まんないヤツだよね。」


「ふざけんな。お前みたいにフラフラしていないだけだよ。黙れ!」


 楊対楊の不思議な光景だが、僕は長谷の登場で楊が誠司の人格から戻ってきたように見えた。

 目の前で長谷を罵倒している楊は、僕達の楊だ。


「かわちゃん。かわちゃんは今世で誰も殺していないよ。」


 けれど僕の余計な言葉で、楊はぴたりと動きを止めた。


「鈴木を殺したのは俺だ。俺は結果を知りながら仲間をあおり抑えて誘導したんだ。ちび、辛かっただろう。苛められるのは。俺は他人にそんなことが出来る人間で、あぁ、そうだよ。鈴木が死んだのは俺の責任だ。彼は俺の姿を見て驚いて足を滑らしてホーム下へ落ちたんだ。どうだい?俺はやっぱり人殺しだろう?自分の手で殺していないってだけだ。」


 僕は楊の背中に抱きついた。

 彼がろくでなしでも人殺しでも、彼が居ない世界は耐えられない。

 僕は楊にしがみ付いたままスッと目を閉じた。


 どうして一度も試そうと考えなかったのだろうと、僕は自分を詰った。

 良純さんだって、かわちゃんだって、彼の死を自殺だってあんなにも苦しんでいたではないか。

 どうしてこっそりでも彼の死を確認しなかったのだろうかと。


 だがすぐに、僕が目を瞑ってサーチするまでもないと、それは僕が知っていたからだったと自分の暗黒さに情けなくなった。


 鈴木は病気で息絶えたのだ。


 楊の言うとおりどころか、鈴木は楊に気づいてさえもいなかった。

 彼は既に意識を失っていたのだから。


「鈴木さんはかわちゃんに気付いてなんかいなかった。一人で寂しくなんかなかった。良純さんにに抱きしめられ、心を受け入れられた幸福感に浸ったまま病死したのです!」


 僕は楊を抱きしめたまま、今まで彼らに言ってあげられなかった分、世界中の全員に聞こえるくらいの大声で叫んでいた。

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