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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
一 大事なものは二つあるといいね
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そして僕達は月見チョコをしているのだ

 楊の部下である佐藤は、昨年の四月に刑事昇格した人だが、噂によると高校時代に暴れん坊だからと楊に警察に勧誘された人らしい。

 そして彼女は高校時代からの親友で暴れ仲間の水野みずの美智花みちか巡査とペアを組んで、管轄内でやっぱり大暴れして楊を苦悩させているのだそうだ。


「あ、そうだ。月見でなく星見ってことでチョコを食うか?」


「食べる!」


 実は僕は屋根に登ってきた時からそれを狙っていたのだ。

 否。

 楊が手に持つそれが欲しいがために、彼の提案に乗って屋根に上ったのだ。

 臆病なこの僕が屋根に寝転ぶなどと、普通に誘われてする筈がないではないか。


「お前は本当に食いしん坊だよな。お前を連れまわすには食い物を持っていればいいって、誰も気がつかないのがおかしいよ。みーんな、お前にお菓子を貢ぐばっかりだ。こうして渡さなければどこまでもついてくるのにな。ほんっとにお手軽なヤツ。」

 チョコの箱を僕の鼻先にまでかざしただけで、意地悪な男はすぐに箱をひっこめた。

 洋酒とカカオの混ざった芳醇な香りが、ふんわりと僕の鼻をくすぐる。

「あぁ、いい匂い。でも、美味しくなきゃ駄目です。美味しくなければ僕は付いていきませんから、僕はお手軽なんかじゃないです。」

「美味しければどこにでも来るんだろ。お手軽。それから、警戒心なく何でも口にしてはいけないからね。ちゃんと理解している?」

「いいから!早く!」

 ワハハハと楊は腹を抱えて笑い出し、我慢できない僕は身を起こした。

 うずうずしながら彼の手に持つ紺色の四角い箱を見つめ、手に取ろうとつい手を伸ばしてしまった。

 箱をつかんだ手はぱしっと楊に捕まれた。

 まるで腹を出して寝ている猫の腹に手を伸ばした時のようだ。

 猫は寝ていた癖にパシッとその手を両手でつかんで、「馬鹿め。」という顔をむける。

 猫に捕まれた手はそれはそれで気持ちが良いが、もっと気持ちの良さそうなふわふわの腹毛があと数センチだったのにと、触れなかった悔しい思いもさせられるのだ。

 楊は片手であったが、僕を見返して猫の様な表情を向けた。

「あげるから。」

 誰もがとろけるような甘い表情をした男は、僕を見つめたまま器用にも寝転んだ体勢のままそっと紺色の紙箱の蓋を開けた。

 中には四粒の黒い魅惑の宝石が詰まっていた。

「トリュフ。かわちゃんの手作り?」

「ちび。涎。」

 えっと手で口元を押さえたが涎などない。

 楊はしてやったりと大笑いだ。

「あ、断りもなく。」

 僕はもう我慢できないと、さっとチョコレートをつまみ上げて口に放り込んだのである。

「おいしい。洋酒が効いていて、凄く凄くおいしい。チョコレート味のブランデーだ。ナポレオンを使ったの?このためにわざわざ買ったの?一本一万円以上するブランデーを僕のために開けたのでしょう。僕はやっぱりお手軽じゃないじゃない。」

「え、ちび?」

 僕はうっとりと空を見上げた。

 金色の月が二つ重なり合って星々の中に浮かんでいる。

「かわちゃん。お酒強過ぎ。月が二つに見える。」

 僕は呟きながらぱたりと屋根に再び寝転んだ。

「あぁ、お月様が二つ輝いている。」

「ちび。たった一粒で何をやっているの。おじさんをからかわないの。」

 僕が寝転んだ代りに半身を起こして僕を見下ろす彼は、月明かりを背に浴びて黒いシルエットにしか見えない。

「からかってない。本当にお月様が二つになっているの。」

 僕は輝く二つの月を手に入れるべく両腕を伸ばし、楊はそんな僕に笑い声を立てた。

 僕には彼の甘い笑顔が逆光で見えなかったが、代わりに、彼の低く擦れた甘い声が僕をとろけさせた。

「いいね、二つ。大事なものは二つあるといいよね。」

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