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陸軍野戦病院はそこですか?

 髙は自分を見下ろす友人を信じられない気持ちで見上げていた。


「子供の顔は見れないね。もう少しだったのに。ごめんね。」


 はぁ、と大きく息を吐いた。

 痛みによって動かなくなった体を動かすための準備である。

 まだ動ける。

 せめてベッドの上のナースコールを押せれば人が来るだろう。

 まだ生きていられる時間はある。


「生きられないよ。」


 髙を刺した楊は悲しそうに宣言をした。

 髙は仕方が無くスマートフォンの通話ボタンを押し、そして自分の内ポケットの録音機が仕事をしてくれることを望みながら口を開いた。

 きっと、一言話すたびに彼は生から一歩ずつ遠ざかるのだと確信をしながらである。


「玄人君をどこに隠したのです?彼はまだ生きていますか?山口もあなたが?」


「ちびは死にかけだから隠した。山口も邪魔だからね。山口までも死んだら百目鬼が壊れるだろう。君が諦めない百目鬼に同調するから、俺は山口の時みたいに君を裏切らなければならなくなった。駄目なんだよ。俺は百目鬼を壊したくはない。彼女も死なせるわけにはいかないんだ。」


「彼女?」


 楊だった殺人者はいつものおどけるような表情を作って、片手で口元を押さえた。


「いけない。いけない。」


「僕が死ぬのならば、死ぬ前に玄人君の姿だけでも拝ませてください。あの子は何時も言っていた、死人になっても心残りが無くなれば死者の国に旅立てると。」


「あぁ、もしかして死人化しちゃった?しちゃいそう?困ったな。俺は君を地下施設に閉じ込めたくは無い。公安の皆様に真相を語られても困るし。いいよ。行こう。杏子ちゃんのために君の遺体はあった方が良いと思ったのだけど、君も行方不明になろう。山口の隣に並べれば、ちびも安心するかもね。」


 はぁ。

 息が漏れた。


 髙は自分が死ぬのだと確信し、けれども、弟のように考えていた青年の死の事実の方に絶望し後悔をもしていた。

 楊が相良誠治だと、三條英明だと知っていながら髙は楊を受け入れてしまい、そのために山口に事実を伝えていなかった。

 情報不足であったから、彼は裏切られて殺されたのであろう、と。


「畜生!」


 ぎゅっと目を瞑ったその時、エレベーターが上下した時のような眩暈が髙に生じて、彼は自分が死ぬのだと覚悟を決めた。

 スマートフォンも胸の録音機も弾けて壊れてしまったのだ。

 彼は誰にも真実も告げられず、このまま人知れず朽ちていくのだろうと目を閉じた。

 それが汚れ仕事に漬かりきった自分には相応しいと。

 それでも、数分は妻に声と情報を渡せただろうか、と思いを馳せた。


「さぁ、目を開けて。本当に御免。俺は髙である君が田辺よりも大好きだったよ。」


 楊の声に目を開けた。


「動かないで。すぐに処置をしますからね。」


 キリン顔の男が髙の衣服を勢いよく破り、血が吹き出すその個所に消毒薬をぶちまけた。

 髙がその消毒薬が起こした激痛に身をよじりながら叫ぶ横で、キリンは縫合まで始めようと輝く太い針を持ち上げたのである。


「麻酔ぐらいしてくれ!」


 髙は痛みの中で朦朧としながらも、信頼は出来るが自分は診察台に乗りたくないと考えていた男を必死に見返して叫んでいた。

 軍医であった彼がいかに神業に近い腕前であろうとも、麻酔無しで腹の中身を手探りされたくは無い。


 男は大きく舌打をすると、右手を仰向けに持ち上げた。

 楊がその手に太い注射器を乗せると、すばやい動きで男は髙を軽く横にして背中にずぶりとそれを刺したのである。

 薬剤が体に押し出される感触を受けながら、肉体が鈍くなっていく感覚が身体中に広がっていくのを感じていた。


「一分一秒を争うからね、効いて無くても処置しますよ。全く。急所を外したって言っても、ここは輸血が出来ない場所なんだから、もうちょっと考えてよ!」


「ごめーん。廉ちゃん。でもさぁ、田辺ちゃんを連れてくるのには俺迷っちゃってさ。せっかく奥さん子供のいる人生を選んだのにって。諦めるってキツイでしょう。」


 髙はぼんやりとした視界の中、楊だと思っていた男が楊ではなかった事に気がついた。

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