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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
十三 先手必勝というのであれば
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絶対に負けない男

 片足を投げ出してそこに無造作に足を組んでふんぞり返る髙の姿など、三等兵を怯えさせてしごく軍曹そのものの風情でしかない。

 しかし百目鬼は髙の告白に驚くどころか、楽しそうに笑い出した。


「世界は本気で狂ってやがる!」


「ハハハ、確かにね。前世のわいだった田辺の一番の間抜けは、長谷貴洋に隊を率いるに値する人物となるように教育を施しておきながら、途中で見捨てた事でしょうね。」


 今や髙はいつもの飄々とした彼自身に戻っているが、髙の目の前の百目鬼は髙が今まで尋問してきたどんな凶悪犯よりも太々しい笑顔を髙に向けている。


「あんたも前世ものじゃひか。てげてげにしてほしいもんじゃ。」


 百目鬼の低い低い声に髙は生まれて初めて恐怖を感じた様にびくりと勝手に体が震え、すると、病室には百目鬼がしてやったりと喜ぶ朗らかな笑い声が響き渡った。


 髙である田辺の部分が、百目鬼のその笑い声に、彼が尊敬して追従し続けた部隊の隊長であった中尉の面影を見出していた。


 田辺が長谷を見捨てたのは、楊と同じく、人を見捨てられずに一緒に潰れてしまう所であった。

 田辺には自分には持つことが出来なかった、その優しすぎる性質を持つ長谷を、自分のスケープゴートになどしきれなかったのである。


 そして楊が榛名の叫びを聞いて手を離したのも、その長谷と同じ性質によるものだ。

 最初に楊に拘束された時点で、榛名は酒乱の松崎大臣によって脳障害を加えられた母親の仕返しだと叫んだと髙は聞いている。

 楊は榛名に同情し過ぎて暴漢と見えなくなり、そして、榛名が痛いと叫んだことで反射的に手を離したのだろう、高はそう推測していた。


 そこまで思い出して、高は自分の目前で笑い転げる美僧を眺めた。

 百目鬼が手を離すことはないだろう。

 田辺だった時の彼の隊長も決して離さない。

 離さないが、松崎を再起不能にする行動を必ず後で起こすはずなのだ。


「それで、主犯が長谷ならば、あなたは玄人君の奪還をどうなさるつもりです。」


「待って下さい。あなたの真実で俺の考えに少々修正が必要になってしまったじゃないですか。俺のようなまともな人間には、こんな世界のルールを見つけるだけでも大変なのに。全く。」


「ルールを見つける?」


「クロが言っていました。能力者こそルールに縛られるってね。例えば飯綱使いの武本が短命の呪いを覆せないのはなぜでしょう。覆すどころか、普通の人間はそこらじゅうの神様に願掛けしているのに、そんな呪いに為るほどの願は掛からないでしょう。」


「そうですね。ですが武本家には普通の家では行わない願掛け方法があるのでは?」


「無いです。」


「無いのですか?」


「神崎署長とクロの話ではなさそうですね。まぁ、武本ですから。大事なことを大事じゃないと思い込んでいる可能性も高いですけどね。彼らは大昔のご先祖が願掛けした場所に、願返しのお参りをすればお終いだと言っています。」


「えぇ!あんなに大騒ぎしている武本の呪いが、お参りでお終いなんですか?」


「馬鹿でしょう。」


「馬鹿ですね。ですが武本でしょう?」


「髙さんも判ってきましたね。それです。彼らは決まった行動しか取らない。武本らしい行動しか取らないんです。クロの母方の白ヘビを奉る白波家も白波でしかない行動しか取りません。では楊は?クロは長谷と楊の前世は血の繋がりのない親子関係だと言っていましたがね、現在は本当の親族でしょう。長谷と楊の性格や行動で似通っている、あるいは全く同じ振る舞いはありませんか?普通はどんなに似通った双子でもそれぞれを見分けることは簡単だ。行動が違いますからね。自我の発達し切れていない幼い頃を置いておいて、楊と楊の双子の弟の顔が同じだったとしても間違えるって事はないでしょう。けれど、楊と長谷の見分けが付かないのであれば、彼らが根っこの部分で全く同じだと思わせる行動があるはずなのです。」


 髙は目の前の男に心酔してきている自分に気がついた。

 百目鬼はあの隊長にそっくりだ。

 物事を必ず感情を廃して見通して、そこで一番の方法を模索するのだ。

 時々人を人と思わない行動をするために周囲からは人非人と罵られていた、絶対に負けることはない男。


「さぁ、何だと思います?彼らは何が大事で、そして彼らが必ず失敗するであろう思わずの行動は何であるのか。」


 しかし髙は期待を受けながらも、彼は何の答えも百目鬼に差し出せなかったのである。

 髙が楊や長谷の事を何も見えていなかったせいではない。

 髙が考える人物像は、人を助けられないと泣く死にたがりでしかないのである。


 彼らは自分の身代わりに処刑台に送るなど絶対にできやしない、どこまでも心優しく人を信じすぎもする、愛すべき人物でしかないのだ。


「何も出ませんか?」


「出ませんね。彼らは抱え込み過ぎて失敗ばかりの人達なんです。あれもこれも助けようと考えて、そして、結局手ずから取りこぼして嘆くの繰り返しです。間抜けなお人よしだからこそ、僕みたいな人間は救われるのですけどね。」


「最高です。さすが髙さんですね。俺はあなたにクロの振りをしていた人間の身元を調べて貰おうかと思っていましたが、別の方法にします。」


「え?玄人君の振りって?」


「もう忘れましたか。言ったじゃないですか。宮辺君がクロの匂いが違うと言い切ったと。ソレならば整形して成りすました誰かでしょう。誰も来ないから意識のない振りは疲れたと逃げたのか、山口に見咎められて追われているのか。」


「そうか。それで山口が生きているだろうと思われたのですね。わかりました。探します。玄人君の顔に似せているのならば、彼の写真を入手できるか、楊と親交のある誰かかもしれませんね。」


 髙は百目鬼の願い事を叶えに走ろうと腰を上げ、彼に暇を告げようとして、そのまま下腹部に熱い痛みを感じ、驚きのまま力が抜けて崩れ落ちた。

 彼の目の前には、倒れ行く彼の上に影を落す男は、笑顔のままの百目鬼である。


「足首の隠しナイフは、取り出しやすさに拘ったら危険ですよ、髙さん。」


「どうし……て。と、とど、百目、鬼さ……ん。」


 百目鬼の姿は楊と変わっていた。

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