百目鬼
髙が思っていたよりも百目鬼は薄情であった。
「遺体を引き取らないって、どういうことですか?」
「あれは淳じゃないからだ。」
「焼死した遺体は腱も何も縮んでしまうから形が変わってしまうって言ったでしょう。」
遺体どころか立体駐車場で燃え尽きてひしゃげた車は、塗装されていた色など判別できない程だが、車種どころかナンバーが髙の目の前の男が山口に買い与えた物と一緒なのである。
9610。
クロトと読める馬鹿なナンバーをつけるのは山口だけだ。
「ああ。何度もあなたは俺にそう言ったが、あれは山口じゃない。DNA鑑定はしているのでしょう?結果が出るまであれは山口じゃない。」
そこまで言い切る百目鬼の言葉に、髙はハタと気がついた。
そうだ、DNAが出るまで遺体を山口だと確信する必要はないのだと。
そうして髙は自分の巡りの悪い頭に喝を入れるようにして、ぴしゃりと自分の額を右手で叩いていた。
「そうでした。あいつのことだ。やりすぎて逃げ出して、殺害現場を自分の自殺現場に作り上げることも出来ますね。わかりました。あなたの言うとおり、俺は山口の足取りを洗いなおします。」
「それよりも頼みたいことがある。」
「それよりも、ですか?確かにあなたには玄人君以外どうでもいいのでしょうけどね。あいつに対して薄情過ぎやしませんか?」
「髙さんこそ、ご自分の相棒の行方不明に何の感慨もないじゃないですか。」
「それを言うならあなたこそ。」
百目鬼は溜息どころか髙を小馬鹿にした目つきで見上げて、鼻をふんっと鳴らした。
その動作は壇上の繧繝縁で装飾された畳に座する高僧が、偉そうに下々の者を見下すが如き堂に入ったもので、髙は苛立つよりもそんな彼の姿によって己の中の焦燥感が薄れていく事に気がついた。
百目鬼は壇上の繧繝縁の畳どころか、病院のベッドの上で左腕に点滴の管をつけた姿で偉そうに身を起こしているだけである。
なぜこんなにも自分が冷静でいられないのだろうかと、髙は病院の病衣姿の僧侶を見返した。
目の前のこの男は、山口の行方不明を聞いて貧血を起こして倒れたのだ。
その後も彼が入院しているのは、楊が百目鬼が自殺の可能性有りと病院に言付けていた事と、百目鬼の栄養失調状態である。
髙は自問する。
何度も点滴を抜いて山口を捜そうとする彼を押し留めたのは自分ではなかったか。
それほどまでに山口を想いやっていた彼が突然に考えを翻したとして、自分はどうしてこんなにも彼を疑ってしまうのか、と。
「すいません。僕はかなり混乱しているようですね。」
「いいですよ。これからもっと混乱してもらいますからね。まぁ、とにかく適当な所に座ってください。」
髙が素直に病室内の適当なパイプ椅子を引き出して座ると、百目鬼は嬉しそうな悠然とした微笑を顔に浮かべた。
「では、僕の腰が抜けるだろうとお心遣いをするほどの情報をお聞かせ願えますか?」
「まず、クロが別人だという真実から。あなたの鑑識の宮辺君はいい仕事をしてくれました。クロの病室に一歩入って、匂いが違うと叫んでくれましたよ。」
「病気で体臭が変わるってよくあることでしょう。」
「そうですね。ですが、持って生まれた匂いというものは変わらないそうです。楊以外はね。彼は楊の匂いが時々変わるから気味が悪いのだと告白してくれました。さて、楊のお爺様とやらは、若返ると楊と瓜二つなんですってね。」
「若返ったとしても髪の長さが違うからわかりますよ。」
「若さを変えられる妖怪ならば、髪の長さぐらいはいくらでも変えて楊に成りすませるものだとは思いませんか?長い髪を短くしたり、あるいはカツラを被ったり。普通の人間こそ化ける時はまずヘアスタイルでしょう。」
そのとおりだと、髙はぎゅっと目を瞑った。
彼は目の前で老人から楊そっくりに若返る変化を長谷に何度も見せ付けられてきたが、外見が変わっても髪型が楊と違うという所で長谷を見分けていたと思い出したのだ。
あるいはこれ見よがしな派手なベストだ。
手の内を見せ付けているようで、それは、楊の姿に変わっても髙にはそこで見分けられるはずという間違った固定観念を植えつけていた行為に他ならない。
「あんの嘘つきが!」
がたっと椅子を蹴り倒す勢いで髙は立ち上がった。
「髙さん。一体あなたこそ何者なのです?あなたは此方の生まれだと仰いますがね、今の叫びは九州じゃあないですか。それも俺の育った場所に近い。」
立ち上がった髙はにやりと百目鬼に笑いかけると、椅子に再び腰を下ろして、今までの飄々とした髙とは違う威圧感を丸出しにした態で話し始めたのである。
「近いどげんかころか同郷やっちゃが。わいの前世は田辺大吉と申しましてね。相良誠治を殺してかいよ、彼に殺された間抜けやっちゃが。」




