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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
十二 不思議の国のオコジョ
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始まりの場所?

 僕はどうしていいのかわからない。

 広い一戸建ての造りは、僕の自宅と同じ昭和の臭いがする。

 否。

 それは御幣がある気がするどころか、良純和尚に失礼だ。

 なぜなら僕の自宅は見た目が昭和でも、水周りは最新設備へと良純和尚様によって施されているのだから。

 ここは水周りも昭和だ。


「和式の汲み取り式はちょっと無理かな。」


 トイレの木の引き戸を閉めながら、数時間経っても尿意を全く感じない自分の体に感謝しつつも、自分の体の壊れ加減に僕は不安だけを感じていた。


 まず、僕のオコジョが全然いない。

 次に、見えざるものの流れも何も、今の僕には見えなくなってしまっている。


 僕は居間らしき部屋で目覚めてからずっと、外から鍵の掛かった一戸建ての中をうろうろうろうろ歩きまわっているのだ。

 じっとしていれば良いのに、動き回っていた方が目覚めない夢に思えて安心するのだから仕方がない。

 歩き回っていれば、きっと良純和尚か山口が助けて起こしてくれるハズだ、と。


 だけど今回は楊を呼べない。

 僕をこの様な目に合わせたのは楊その人であり、彼は恐ろしい事に、いつのまにか長谷と同化するどころか乗っ取っていたに違いないのだ。


 難しいことではないだろう。

 長谷自身が望んでいたことであり、望んでいなくとも可愛い息子のためにならば何でも差し出す子煩悩だ。

 本当に子煩悩だ。迷惑なくらい子煩悩だ。


 それも当たり前か?


 長谷自身が楊が作り上げた人格の一つであるならば、長谷は絶対に自分の子供しか目に入っていない。

 自分の子供のためにならば他者が被害を被っても構わない、という、ろくでなし以外の何者にもならないからだ。


 例えるならば、神崎署長の養子。


 あの狸署長は良純和尚を自分の子供同然と思っているからか、君の弟だよと言う風に養子にしたばかりの少年を良純和尚に紹介してきた。

 僕が楊と山口の意識の中で見た、三重苦だったはずの少年だ。


 僕はそこで年末年始に起きた死人事件の全貌が見えたのである。


 長谷は宗教団体に囚われていたらしい、自分の息子の魂が入った子供を救い出したのちに、あの純粋君を金目当てに使っていた人達全員を黄泉の悪鬼用の生贄に並べたのだ。


 そんな無体な事を平然とできる長谷の人格が、この僕に対して何ができるのかと考えれば、僕は必死に目が覚める方法を探さねばならないだろう。

 探さねばならないのだけれど。


「つかれた。」


 僕はとうとうギブアップをして、廊下の真ん中で座り込んだ。

 すると車のエンジン音が近付く音がして、そのすぐ後に車から誰かが降りる音がした。

 バンって車のドアを閉めた大きな音が響いた。


 音は段階を重ねて僕にどんどんと近付いてくる。

 僕は体育座りの立てた膝を、自分にぎゅっと引き寄せた。

 身を守るように。


「たっだいまー。」


 若々しい声は玄関で弾け、若々しくも乱暴なほどの足音がドカドカと僕の方に向かってきていた。

 どうしよう。

 どこかに隠れる?


「日名子!そこだったのか!」


 僕の上には大きな影が落ち、僕は僕に影を落とした楊だった人を見上げた。

 良純和尚くらいの長身に、細身だがたくましい体。

 そして顔はなんと言うことだろう、良純和尚よりも線が太いが、良純和尚と同じくらいの最高に完璧な造型だ。

 顎に小さな刀傷がなければの話だが。


 その見事な男は、輝けるアポロンが如く僕の真上に存在していた。

 楊であって楊ではない、楊の前世の姿、前世の姿に戻ってしまった楊を、僕は悲しい気持ちで見上げるしかなかった。

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