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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
十一 最後の告白タイム
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そして、また一人男は消えた

「その、亡くなられた同級生は自殺を?」


「もっと酷い。」


「殺された?クロが同級生に殺された時のように?」


「ああ、俺に殺されたんだ。」


「かわさん?」


「当時男達の中心が俺だったからね。偶然駅のホームで俺の姿を見かけた彼は、ああ、きっと俺に怯えて後ずさって。……そしてホームから落ちて死んだんだ。百目鬼は未だに自分が病気の彼を一人で逝かせたと悩んでいて、俺は未だに鈴木の死の真相をあいつに言えないでいる。情けない嘘吐きでしょう。」


「どうして私に?」


 くるっと振り向いた楊は、彼の重い告白から佐藤が考えていた表情とは全く違い、世間話をしている最中でしかない顔つきだった。

 その顔に佐藤はより辛さを感じた。

 彼は自分がこんなくだらない人間だと、あえてその顔で佐藤に伝えているのだ。


 まるで、消えてしまった山口のように自分もすぐに消えてしまうから、これはその遺言だというように、だ。


「私は誰にも言いません。ですから告白しても無駄です。」


「さすが佐藤ちゃん。でもね、もし、俺まで消えたら百目鬼は潰れる。そしたら君が彼に伝えてくれるかな?水野をメッセンジャーに仕立てたら、モロにあいつを狙っているみたいで彼女の恋愛が成就しそうにないでしょ?頼むよ。ちびもいない、山口もいない。そんなあいつを笑わせて楽にしてあげれそうじゃないか、水野はさ。」


「いやです。警察組織内の馴れ合いはご法度でしょう?ご自分のプライベートはご自分で対処なさって下さい。かわさんが兄さんに嫌われたら、私達がちょっと慰めてあげますよ。」


「こんな屑な男の話を聞いても、君は俺がまだ好きなの?」


 佐藤はびくりとした。

 楊の言う「好き」が、佐藤が楊を想い続けた「好き」を知った上で言っている気がしたのだ。

 だが、楊をそこで罵るよりも、佐藤は自分も嘘吐きであることを認めた。


「好きですよ。ですから葉山さんの意識改革をお願いします。」


「警察組織は馴れ合わないものでしょう。」


 佐藤は楊の返しにしらじらしく笑いながら楊の隣へと歩き、昔の自分のために、そしてこれから後悔をしないように、楊の左腕に自分の右腕をかけて頭を彼の左肩に添えた。

 いつもの冗談で彼の腕を掴んでいるようで、いつもと違う心持ちで。


 嘘吐きだと知っていたからこそ愛していた初恋の男性の体。


 すると楊は佐藤の気持ちを知っているかのようにして、いつもと違って佐藤の右手の甲を彼の右手で覆った。


「ごめんね。君に応えられなくて。」


 彼女はいっそう右腕に力を込めて彼を引き寄せた。


「あのお嬢さんは可愛いもの。一途で。あなたに振り払えないでしょう。」


「うん。それもあるけどね。僕はインポだから。」


「え?」


 驚いて顔を上げた佐藤を楊はそれは見事なとろける笑顔で見つめ、そして耳元に口元を寄せて囁いたのである。


「できるよ。体は正常な男子だからね。セックスを望まれればいつだって出来る。いまのところはね。でもね、俺はそっちがしたくないの。精神的なインポテンツって奴。相手を愛すれば愛するほどしたくなくなるんだ。恋する程に下半身がピクリともしなくなって、辛くむなしくなってしまうだけの男なんだよ。そんな男、恋人として駄目でしょう。」


 佐藤は楊の告白に笑っていた。

 笑いながら失恋した昔の自分が癒されて、失っていた自分のへの自信が甦っていく気さえしていた。

 何しろ楊が佐藤に全く応えることがなかったのは、佐藤を愛していたからだと告白したのと同じだからだ。


「笑うなんて酷いね。」


「だって。私はあなたがしたくなくなるほどいい女だってことでしょう。それでも、私を手放したくないからと、私に女の子のまんまでいるようにと、我儘に望んで!」


「そうだけどさ。インポな僕を慰めてくれないの?酷いね。」


「そうよ酷い!あたしばっかり仲間はずれじゃん!こんな、こんな辛いのに!うばぁあああああああ!」


 下の現場から駆け上がってきたばかりらしく顔を真っ赤にした水野が戸口におり、彼女は佐藤達を怒鳴り散らしたそのまま、今度はしゃがみ込んで大声で泣き出した。


「ちょっと、そんな。かわさんに腕組なんていつもの事でしょう。みっちゃんたらどうしたの?」


 水野はしゃがんだ膝をかかえるようにして顔を膝に突っ伏しており、その団子の姿に佐藤が何事かと彼女に近付くと、水野は右腕をゆっくりと持ち上げた。

 その手には証拠品袋であるジップロックを掴んでいる。


「あぁ、なんてこと。」


 ジップロックの中には、煤に塗れた淳平の銀のラリエットが入っていた。


「かわさん!」


 佐藤が大きい動作で楊に振り返ると、そこに彼は既にいなかった。

 告白した男は姿を消すものだ。

 佐藤は消えてしまった男に叫んでいた。


「ばかやろう!警察官が現場から逃げるんじゃないよ!」

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