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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
十一 最後の告白タイム
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嘘吐きは語り出す

 水野はくるっと踵を返すと、一目散に下の被害現場へと走り出して行ってしまった。

 ここの現場をできる限り早く始末をつけて、楊を捕まえて山口探索に乗り出すつもりなのだろう。

 この現場の被害者が山口でないと思い込むために。


 けれども、ぽつりとその場に残った佐藤は、彼女の父親の信頼している楊が、彼女の父親と同じくらい見た目で信用が出来ないと考え始めていたのだ。


「あの髙さんが持ち上げて、うちの馬鹿親父が一目置いているのよ。かわさんは凄い嘘吐きのはずじゃない。あの晩だって。」


 佐藤の脳裏に浮かんだのは燃える松崎邸の前に立つ男。

 彼女に初めて見せた、既成感を湛えた疲れ切った目をした男。

 彼女はちっと舌打ちをする。


「あのぼんくら。」

「さっちゃんは酷い。」


 驚いた彼女が振り返った先には、彼女が罵ったばかりの楊が立っていた。

 グレーのぺらぺらの刑事スーツはなんとなく薄汚れ、シャツの襟元はネクタイさえもしていない。

 彼は山口の行方不明の報から今迄寝ずに走り回っていたのだろうと、佐藤はその姿で想像できたが、楊にいたわりの心どころか怒りしかわかなかった。


 なぜ部下の自分達を使わずに、たった一人で動いているのか、と。

 彼が自分を信用していない事実を突きつけられたも同然だと、彼女は怒りが湧いたのだ。


「どうして。かわさん。それに私をさっちゃん呼びをしないでください。」


「ごめんね、つい。私は子供じゃないからって君が怒ったんだよね。もう高校生の子供じゃありませんって。」


「それはみっちゃんです。」


 佐藤は言い返してすぐに、キュっと唇を噛んだ。

 楊のしてやったという嬉しそうな顔で、彼がその時の事を完全に覚えており、佐藤もその時の事をしっかりと覚えていることを彼が知っていると思い知らせたからだ。


 佐藤が警察入りして相模原東署に配属されてすぐに、楊は彼女達を見つけるや懐かしそうに「みっちゃん、さっちゃん」と呼びかけてきたのだ。

 いつまでも高校時代の彼女達の記憶が抜けないらしき彼に、彼女は反射的に彼を嗜めたのである。


「警察組織内での馴れ合いはご法度ではありませんか?楊巡査部長?」


 そして、佐藤の隣にいた水野も真っ赤な顔で佐藤に同調したのである。


「そうだよ。あたしらもう高校生の子供じゃないじゃん。」


 しかし、警察学校上がりの子供の二人に、楊はとても嬉しそうに笑顔で答えた。


「駄目じゃん。出世したいなら上司にハイハイと慮らないと。」


「誰が慮るか!」

「この口先男!」


 佐藤達は周りの目も気にせずに、完全に女子高生に戻って楊を散々に罵倒したのだと思い出した。

 そして気安い楊が誰にも気安く、彼が絶対に彼女達を異性として見る事はないだろうという事実をなんとなく受け入れたのもその時だと、彼女は思い出してしまった。


「かわさんは嘘吐きですよね。」


「そうだね。」


「否定しないのですか?」


「嘘吐きだから仕方がないよ。賢い君は気づいているのでしょう?俺が皆と仲が良いのは、俺が誰とも深く付き合いたくないからだって。」


「そうですね。でも、葉山さんや山口さんには違うでしょう。それに、髙さんにも。」


「君達もそうだよ。君達は嫉妬を他人に向けないし、俺の一番になろうと俺に自分を売らないでしょう。だから好きだよ。俺はね、取り巻きが俺の為だと同級生を苛め抜いた事実を抱えて生きているの。だからね、怖いんだ。人に好かれるのが。」


 楊は静に歩いて、車が落ちた現場、数分前まで佐藤達が下を覗いていた所に向かっていった。

 佐藤は初めて内心を吐露した楊に何て返事をするべきか迷い、迷いながら彼の後姿を眺めていた。

 外の明かりを正面に受けている彼の背中側には影が出来て、彼の淡いグレーの刑事スーツは不吉な黒色に染まっている。


「死んだ同級生はね、百目鬼の親友だったの。百目鬼は高校時代から見事でね。あいつは男子連中の憧れだったんだよ。本人は男子全員に嫌われていたと思っているようだけどね、高嶺の花の如し遠巻きに憧れられていたのさ。そんな彼が友情をむけたのが弱々しい鈴木君だ。俺があいつと仲良しになれば、俺を介してあいつに近づけると思ったのかな。鈴木がいなければと男共はからかいから本格的な苛めを始めてね。面倒になった俺が彼らを止めれば、今度は鈴木を完全無視だ。卒業後も彼は怯えていたのだろうね。彼は死んでしまったのさ。」


 黒い影を帯びた男にこそ似合う、暗い影を引きずる過去の告白だった。

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