おとといからの僕の身の上
「ふふ。無いですよ。今は幸せですもの。恋人には愛されて、父親には可愛がられて、そして、ほら、かわちゃんにも目茶苦茶可愛がってもらえている。お願いすることなんて無いです!」
「ばーか。お前はそれがいけないの。もっと俗物になりなさいよ。憎まれっ子世にはばかる。もっとアグレッシブにもっともっととね。」
「じゃあ、メタルバンドのライブは二度と行かなくていい?」
「それは俺が可哀相だから駄目。」
「梨々子と一緒に行けばいいじゃないですか。」
楊には金虫梨々子というモデル系美人の、春から女子大生の婚約者がいる。
ものすごい年の差だが、楊がロリコンというわけではない。
小学生の彼女に惚れられて、生き物は何でも拾う楊の性質によって幼い彼女を突き放せないまま成長され、周囲に絡められ、流されるまま婚約に持ち込まれてしまったのである。
楊は僕の言葉に鼻の上に横皺を寄せて、眉間の間にまで立て皺を寄せて僕を睨んだ。
彼女が卒業旅行で春休み中不在だと知っていながら口にしたからか?
「ライブってね、後先考えずに騒ぎに行くものなの。相手を気遣い続けてのライブ鑑賞なんてテンション下がるじゃん。いいの、ちびと一緒の方が俺が楽しめるからいいの。五月蝿いからって、モッシュが怖いからって、全身にオコジョを貼り付けてしまう相棒なんて、楽し過ぎるでしょ。」
僕が考えている以上に楊の方が人でなしであった。
そして、ぷ、くすくすと笑いを噴出している楊はとても魅力的だが、やっぱり僕は大きな音は頭が痛くなるので御免こうむりたい。
そんな僕の気も知らないで楊は腕枕の腕を僕の頭の下から抜くと、ごろんと僕の反対向きに横向きになってしまった。
楊はそのまま「オコジョ星人」と呟きながらくすくすと笑い転げている。
「今度は淳平君を誘ってみてよ。彼もかわちゃんとのお出かけは大喜びですよ。」
僕の恋人の山口淳平は、二十八歳の巡査長で楊の部下でもある。
おまけに楊の家に愛犬と一緒に下宿しているという図々しさだ。
そんな彼は良純和尚と同じくらいの長身であるのに、姿勢を悪くすることでくしゃっとした印象を周囲に与え、細身の体はその姿勢によって貧相にしか見えない。
しかし彼の本来の姿は、線の細い王子様のような雅な外見である。
元公安の為かその雅な外見をその他大勢に常にカモフラージュしているという、実は恐ろしい男でもあるのだ。
くるっと体の向きを再び僕に向けた楊は、鼻に皺を寄せて変な顔を再び作っていた。
「だーめ。山口を誘ったら部下全員を誘う羽目になるでしょう。俺は最近彼らの上司なのか奴隷なのかわからなくなっているのよ。」
僕は捻くれた彼の言い方に笑い声を立てた。
彼は部下達に慕われ過ぎて、皆のお兄さんかお母さん状態なのである。
いやいや、僕と良純和尚にとっても。
良純和尚が山に呼ばれて不在だからと、僕は大事なペットのモルモットを連れて彼の自宅に一昨日から居候中である。
家事が出来ない僕を不安だからと、良純和尚は家を空けるときには僕を楊に預けるのだ。
五歳児くらいの扱いだが、それは全然かまわない。
一週間前に僕が自宅そばで襲われかけたのだから尚更だ。
そして、楊の家には淳平の他にキャリアの葉山友紀警部補も下宿している
。
葉山は住んでいた警察寮から焼け出されての避難であったが、完全に楊宅に居ついてしまっているのである。
葉山は淳平と違って家事ができる男なので、楊としても家事の分担ができる有難い人物のようだ。
淳平が焦って楊のペットの世話を買って出ていると楊に聞いた事もあるので、実は楊こそ部下を上手に使っているのではないかと思い始めてもいる。
そんな二人は、今夜はこの家に帰って来ない。
淳平は県警のどこぞの保養所にぶち込まれての研修中で、葉山は楊によって佐藤家に追い払われた。
淳平がいない時には葉山が僕を狙う鬼畜であるから危険だと言う理由だけではない。
楊の美しき部下の佐藤萌巡査の実家で茶会が催されるらしいが、茶会の亭主である佐藤の母が暴漢に襲われたとのことで、葉山が警護として佐藤家に居座っているのだそうだ。
家元から貸し出された棗を骨董品ドロが狙っているのだという噂があり、そこで押し込みの可能性も考えて葉山が助勢に駆けつけているとそういうわけだ。
淳平不在の情報に良純和尚は僕を楊に預けるのを止めかけたが、楊に葉山不在の報を聞き、あからさまに胸を撫で下ろし、彼なりの冗談までも飛ばしていた。
「葉山をものにしたくて、佐藤が母親を襲撃したのではないか?」
妖精のような美しい外見の彼女は、鬼畜な葉山に惚れているだけあって、とっても鬼畜な暴れん坊でもあるのだ。