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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
七 これが何でもすると言った代償?
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嘘に塗れたお前の唇は苦い味がするだろう

 僕を見つめて微笑んでいるのは、死んでも生きてきた白い男。

 まるで三厩家が使う銀色の鼬のように、嘘吐きで、美しい銀色の男。

 僕の母の実家の白い蛇神様のようでもある。


「あなたの存在は、かわちゃんに思い切られたらお終いなのですね。あなたは、円慈和尚から鼬を一匹盗みましたね。三厩家の嘘吐き鼬。かわちゃんが僕からオコジョを盗んだように、勝手に鼬が憑いていったのかもしれないけれど、あなたは自分の死に際して、あなたを慕う鼬にあなたの思いを託したのですね。あなたは本物の長谷貴洋ではなく、長谷さんの思いを実践している鼬だ。」


 長谷は口角をどんどんと上げて、終には顔の半分がさける程の笑みを作った。

 まさに妖怪。

 しかし、これは僕へのサービスでしかなかったようだ。


「残念。君でも間違うんだね。僕は鼬じゃない。僕はね三條英明なの。知っているでしょう?泊という死人の内臓を植え付けられた女性とセックスした男性が死人化してしてしまうって話。ただの死人じゃない。泊の性格を受け継いだ自己愛性人格障害を兼ね備えた残虐な死人だ。僕はね、間抜けな長谷貴洋の縁結びで死人化してしまった相良誠司の肉体そのものだよ。笑えるでしょう。死ねない誠司から魂だけを抜き出して、誠司に殺されたばかりの自分の子供に魂を移植するなんてね。きれいに三條英明の人格という残滓だけを残してね。理由が、地下収容所に誠司のまま閉じ込めておきたくないからっていう卑怯者だ。」


「鼬じゃなくて三條だと?でも。でも。あなたの思念は長谷貴洋そのものにしか見えませんよ。この嘘吐き。」


 長谷は再び人間の、長谷の顔に戻して、人間らしい魅力的な笑顔を僕に向けた。

 彼は何事も無い顔でコーヒーカップに口に運び、その芳しい香りにうっとりとまぶたを閉じる。

 まるでオーケストラの指揮者が最後の音の余韻に浸るように。


「長谷さん?」


「僕は三條英明になろうとした事はあるよ。…………人はね、辛いと自分をいくつも作り上げるんだよ。本当の自分だと思い込んだ守りたい人格を守るためにね。切り離された人格は、果たして本物だと言えるだろうか。それこそ、ただの理想であり、幻影なんだと思わないかい?」


 僕はようやく長谷の真実が見えた気がした。


「かわちゃん、誠司は泊の影響を受けていない?三條英明はもともとの誠司の人格なのですね。それで……かわちゃんを、かわちゃんを三條英明と魂を融合させて、そうして彼を完全に戻して、僕がその体を死体に戻す。かわちゃんの魂は完全になって昇華する。そこで、あなたの仕事は完了なのですね。あなたはそれでようやくこの世を去れるのですね。そんな事を僕はかわちゃんにしたくないけれど、あなたの行き先が地獄だと知っていながら覚悟を決めているのならば、あなたは潔いです。」


「僕が地獄行きって。クロちゃんって可愛い顔に騙されるけど、なかなか人に酷い事を言うよね。」


「え?天国に行けると思っていました?あなたは本当に図々しいですよ。」


 僕は目の前の、死んで成仏する代わりに、地下の死人を捕らえておく牢の中の誠司の肉体に取り憑いて、助けられなかった子供を助けるためだけに歩き続けていると告白したばかりの男を見返した。


「あれ?あなたは死体じゃない。どうして?嘘吐き。死人の体じゃないじゃない。」


 此れも違うだなんて僕はまた混乱だ。

 真実を見つけなければ、楊の崩れた魂のバランスを直して、この目の前の妖怪を調伏することだってできやしないというのに!


「さっさと、真実を言って!」


 ふふっと笑った魅力的な男は、口元に一本指を立てて、僕に内緒とだけ言った。


「内緒って、え?どうして?教えてくれなければ、僕はあなたを屍に戻せませんよ。あなたは屍に戻りたいのでしょう?」


 妖怪はうれしそうに笑い出し、僕は目を白黒させるしかなかった。

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