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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
七 これが何でもすると言った代償?
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あなたの嘘が彼を壊した

「ご存知だったのですね。それなのに、どうしてかわちゃんを誠司だと思わせるの?」


「あぁ、君が何から何までここにあるもの全てに否定的なのは、君が怒っているからだ。君の大好きな、そんな、かわちゃんでしかない彼を、僕のせいで別のもの仕立ててしまったと。本当に今の彼は別の彼かな?君の好きな彼は本当の彼かな?」


 長谷はくすくす笑いながら自分の小皿のボンボンを口に放った。

 枝はついていても、種は抜いてあるようだ。

 ちゅっと彼は指にキスをする感じで枝を引き抜き、その後は口に頬ばったボンボンにうっとりとした表情を見せている。


 僕は伸ばしそうになる右手を押さえ、彼ににっこりと武本の当主の顔で微笑んだ。

 しかし、長谷は僕に笑みを返すどころか、僕の左手にぎっちり捕まれた僕の右手に噴出してしまっているではないか。


「我慢しないで食べたら?」


「もう。だって、かわちゃんが警戒心無く何でも口にするなって。酷いことに、僕はかわちゃんに教育的指導を受けたばかりなのです。」


 はた、と長谷は笑いを止めた。


「何をされたの?」


「お酒そのままのトリュフで、僕は悪酔いしてしまいました。それだけです。」


「違うでしょう。」


 再びけたたましく笑い出した妖怪から目を逸らし、僕はそっぽを向いた。

 悪酔いして、楊と恋人のような振る舞いを前半部分までしてしまったなどと、目の前の親族の妖怪に告白する必要は無い。


 その先がないキスだけで終わる行為だからこそ、性行為が出来ない僕達が耽溺してしまったなどと、子供が親に告白する必要などないのだ。


 そっぽを向いた僕の目には、再びあの青い絵だ。

 誠司を惹きつけて、彼を破滅に導いた稚拙な絵。

 描けなくなった最後の絵。


 違う。

 あの絵を描いたことで、自分の才能の枯渇に気がついて筆を折ったのだ。

 あの絵を自宅に持ち帰ったのは、飾るためではなく自分への戒めのためであった。

 才能があった自分を忘れて、新たな、自分が望まなくとも凡人の人生を歩むべきだと、自分を思い知らせるための自分の才能の墓標。


 なのに、あの男が奪った。


「重いでしょう。」


 乾ききっていない私の絵を無造作に奪ったのだ。

 親切心という押しつけでしかない暴力行為。

 彼の指先は絵の具に埋まり、見事な男のサインとなり、同時に私の絵では無くなった。


「あぁ、イライラする。あの絵は本当にイライラする。私の才能はあんなものではなかったのに。それなのに、あの馬鹿者は素晴らしい絵だと、私を現すと何度も言うの。今でさえ私は私じゃないというのに。あの馬鹿者は。」


 自分の口にした言葉を知った僕は、敗北感とともにそっと目を閉じた。

 百戦錬磨の妖怪が僕にさせようとした仕事とやらを理解したのだ。

 何でもすると口にしたばっかりに。


「いつ。一体いつ僕に日名子の記憶を入れたのです。」


「僕は入れていない。君がマサトシから受け取っただけだ。生まれて初めて本当に恋をした男は、失った恋人を思い出した時、可能であれば取り戻そうとするのではないのかな?あるいは君は日名子の魂の生まれ変わりなのかもしれない。他人に乗っ取られて精神が死んでしまった彼女は、そこで死んでしまったと言えるのだからね。」


「嘘吐き。違います。でも、僕はあなたの恐れは理解できます。誠司の記憶が勝手に戻れば誠司の殺人の記憶まで甦る。そんなの、かわちゃんには絶対に耐えられない。それで僕も協力してしまったけれど、あなたの誘導で記憶を受けいれたかわちゃんは、かわちゃんじゃない。あなたは彼を守るのではなく、ご自分を守ろうとしていませんか?誠司を操って幻影を見せ付けて、誠司の知らないところで殺人も平気で行うようになった彼の仲間達を殺させたのは貴方でしょう。誠司が殺したのはデパートの客じゃなく、誠司の愚連隊仲間達だ。誠司はあなたの作ったもうひとつの世界で慟哭し、絶望し、そして、彼まで人殺しになってしまった。混乱する中で彼が必死で貴方を殺そうと、貴方に殺されようと貴方を求めたのは、貴方が彼を支配していたことを無意識に知っていたからだ。」

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