我が武本が異能で燃ゆるわけなどない
「君自身が見えたことは?」
「すべて、あなたの嘘ですね。彼女の死に様はかわちゃんの前世の記憶どおり。でも、我が武本物産が百貨店を炎上させたことなどありません。武本は今も昔も拘るのです。建物ひとつにしても。我々が手がけたものがあんな燃え方をするはずありません。例え、異能の力が使われたにしても。異能の力こそ、我々は対処できますからね。」
「素晴らしい!だからこそ僕は誠司と日名子の結婚を望んだのさ!武本に取り込まれれば、あれは本来の自分に戻れ、思う存分子供に戻れただろうにってね。」
「どうしてあなたが武本に目をつけられたのです?僕達は飯綱使いだ。僕はどうでも、代々の当主達はあなたの詮索を交わしたでしょう?」
「戦後すぐの、神崎さんの起こした事件を調べに青森に行った時にね。驚いたよ。不老不死の人間に出会ったのは初めてだったからさ。」
「ええと。その事件は内緒のはずでは?」
「一年後の死人事件は秘密じゃないでしょ。突如暴れて家人他人を問わず誰をも殺して大暴れした男を取り押さえたら、そいつは生きているのに死んでいるってね。東京でね、占領軍のとある将校のお宅でそんな事件が起きたの。僕は何年か後に玄同村の隣村で同様の事件があったと聞いて調べに行ってね、隣村でなく玄同村が発端だと突き止めた。そこで玄同村の武本さん、あの神崎署長と知り合ったのさ。そこには才能豊かで小気味良いお嬢さんもいてね。残念ながら彼女は子供を生める体ではなかったけれど、誠司に必要なのは自分の子供でなく自分を可愛がってくれる存在だからね。いいかなって。」
「それで彼女はあなたに唆されるまま東京の美大に入学して、東京で死人の泊に目をつけられたのですね。でも、泊の内臓を埋め込まれたのは誠司に出会う前です。」
長谷はあからさまに僕ではなく盆を見下ろして、ふうっと溜息をついてから僕に再び笑顔を見せた。
嘘臭い作り笑いの楊の顔。
狩りを失敗して誤魔化す家猫のようだ。
「誠司が結婚したい男性として本当に人気者だったって事実を、僕が軽く見ていた責任だね。僕が日名子を美大から住む所まで斡旋したからね、それで彼女は泊に目をつけられたのだろう。写真写りが悪いだけで、実際の彼女はとても綺麗だったよ。だから泊にはいい獲物だったろうさ。さぁ、いい加減に座ろうよ。せっかくのコーヒーが冷めてしまう。君があまりコーヒーが好きでなくても、チョコレートの時には紅茶よりもコーヒーの方だと認めているでしょう。」
僕は彼の言うとおりに、彼が望むようにソファに座った。
彼は僕の目の前にトリュフサイズの丸いチョコレートの乗った小皿と、深い香りのする黒い液体を湛えたコーヒーカップを次々に並べた。
小皿に乗ったボンボンは、枝が飛び出ているところから洋酒の染み込んださくらんぼにダークチョコレートを纏わせたものだろう。
一噛みで薄い衣が割れて、たっぷりとキルシュを染み込ませたチェリーがプシュッと弾けるのだ。
口に入れる前から想像できる至福を約束する悪魔の食べ物。
「さぁ、どうぞ。」
彼は僕の正面に座った。
僕の左斜め前、長谷が座ったソファの横には、丸い小型のスツールがちょこんと鎮座している。
ジャコビアンの応接セットには相応しくない、三面の化粧鏡台の前に置く方がふさわしい形状の、筒状の柔らかい小さな椅子。
楊の定位置だ。
「かわちゃんがいつもそこに座るのは、彼が雅敏でも誠司でもなくかわちゃんだからだ。そのことをご存知ですか?彼はそれが長谷さんの宝物だと知っているから座りたいだけです。あなたの愛情を取り合って子供達がその椅子を廻って争っていたという団欒の椅子だからじゃないんです。決してあなたの家族の団欒に入りたかった誠司だからでも、雅敏として生きた時の良祐の肉体の記憶だからでもない。かわちゃんらしいただの嫌がらせでしかないんです。」
コーヒーカップを持ち上げて、長谷は僕に楊の微笑を見せた。




