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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
七 これが何でもすると言った代償?
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招かれたフェイクの部屋

 眠ってしまったはずの僕は、畜生と思いながら見覚えのある辺りを見回した。

 メダリオンのない総花柄というアフシャン柄のペルシャ絨毯っぽい赤い絨毯は、高級そうだが光沢が化繊そのもので安っぽい。


 僕はこの部屋に来るたびにそれが気になり、そして、武本物産の倉庫に眠り続けるペルシャ絨毯を奉納したい気持ちになるが、僕は当主だ。

 武本物産に損害を与えてはいけないと、ぐっと我慢をする。


 そうだ。

 この部屋の設えは、きっと僕を籠絡するための、敢えての安っぽさに違いない。


 ただの安っぽさなら、生育上貧乏気質の僕には気にならない。

 けれど、ここまで芝居がかった安っぽさは、僕の大嫌いな「フェイク」であり、僕はフェイクを打ち消して本物を差し出したい気持ちになるのだ。


 僕は絨毯から目線を動かして、本物を目にすることで気を落ち着けた。

 目線の先にあるのは僕があまり好きでないジャコビアン形式の応接セットだが、これは天才家具職人である僕の大好きな叔父の作品であるのだ。

 僕の趣味はおいておいても、黒光りする木部に最高級の黒皮を張られたそれは、機能的で男性的で素晴らしい作品である。


 眺める内に、これをタダで叔父に手放させることが惜しいと、僕は自分の個人財産から武本物産へ支払いをしたのだと思い出した。

 あぁ畜生。


「どうしたの?クロちゃん?」


 僕にとっての貧乏神となる嘘吐きな男は、今まさに僕が後悔に打ち震える結果となった、彼の戦利品である応接セットのソファへと僕を誘った。


「いいえ。なんでもありません。ところで何ですか?僕を無理矢理呼び寄せるなんて。もしかして、良純さんに事故物件を騙されて高く買った仕返しですか?」


「えぇ?可愛い君をお茶に呼びたいだけって言うのは無しなの?ひどいなぁ。」


 僕は嘘吐きで悪どい妖怪そのものの男に目をやった。

 彼は真っ黒いのに真っ白い男だ。

 仕立ての良い真っ黒なカジュアルスーツを品よく着こなし、けれども、黒のジャケットから顔を出しているベストは一応淡い金色系に纏めてあるが、ダンサーの舞台衣装かと思う程のビーズと刺繍でぎらぎらのものだ。

 豊かな銀髪はオールバックにして真っ白い肌を露にし、印象的な二重を持つ顔は年老いているが童顔だ。


 そう、彼は楊が老けた姿そのものであり、彼の死んだはずの曽祖父、長谷貴洋その人なのである。

 家族の不幸にも折れずにテロリストと戦い続け、警察を引退する頃には警視監の位まで登り詰めたという本庁問わず警察官達には尊敬の的であるが、ひ孫の楊には自分がロシア貴族の末裔で手品師だと思い込ませていた酷い男でもある。


 楊には、自分が祖母の愛人だったジェット・アチェーツなのだと名乗っていたのだ。

 祖母の最愛の父であり、ロシア語では「ジェット」が「おじいちゃん」、「アチェーツ」が「父」であるから厳密には嘘ではないが、信じきっていた楊には大嘘である。


 楊がなぜ最近真実を知ったのかは、楊の愛用しているコートが発端だ。

 実家で見つけた曽祖父のコートが気に入ったからと、自称純粋な彼が祖母に尋ねたというのだ。


「僕のひいおじいちゃんってどんな人だったの?」


 彼が七歳の時に亡くなって、とてつもなく慕っていた変な外人「ジェット」が曽祖父だと祖母に突きつけられ、追い討ちのように家族全員に大笑いされたという。

 彼にとって止めだったのが、楊の双子の弟は長谷の事をちゃんと知っていた事だ。


 楊が素直過ぎるのか?あるいは長谷による記憶操作か?


 彼は人であって人でないものなのだから、そんな事はお手の物だろう。

 そして、僕の一族にも長谷のような存在がいる。


 我が武本家の守る村が、戦後すぐに隣村の若い男に先導された四人の憲兵に襲われかけて難を逃れた事があった。

 強姦と強奪を目的とした男達が侵入して来たのだが、村の誰もが気づかない内に、村に湧き出る温泉のガスで五人全員勝手に死んだのである。


 物凄い間抜けぶりだが、村から憲兵の死体が出れば大事となる。

 そこで村の相談役の三厩みんまやしげる、武本家の菩提寺でもある住職の円慈和尚がその事実をGHQに隠すために生き返りの呪術を行い、結果として死んだ五人の寿命を背負ったのである。

 そのために彼は不老不死の妖怪のようなものに成り下がり、楊の所属する署で神崎慈と名乗って署長をしている有様だ。


 死んだはずの曽祖父が現れて、楊を死んだ息子の生まれ変わりだと言い張り、更に過保護どころかウザいちょっかいを楊に出し続けるのも、僕的にはおかしくない話なのかもしれない。

 ちょっかいの延長線上で殺されかけた僕的には、全く納得できないが。


 しかし、僕の養父となって僕のゴタゴタに付き合い続けてきた良純和尚様には、そんな事は瑣末なことでしかないようだ。

 楊と長谷についての僕の説明を聞いた彼は、呆れたように鼻をふんっとさせるや、いつもの一言を言い放って事情を全て受け入れた。


「世界は狂ってやがる。」


 受け入れたのではなく、彼が匙を投げた気もするが、まあいい。

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