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現場に役者は揃っていく

 宮辺が呼んだ鑑識班は、室外の主任の指示に従って仕事をこなしていた。

 よって現場の部屋の扉は開け広げられていたが、青天目なばための事務所が奥の角部屋であることと事務所のあるフロアの店舗が完全に無人である事をいい事に、雑居ビルの内廊下にブルーシートを目隠しに貼ることもなく、遺体の現在の状況を記録しているのである。


 楊は彼らの仕事を眺めながら、完璧な仕事をしていてもその証拠が使われることは無く、遺体そのものもどこか別の場所に移動させるつもりである事を知っていながらも情熱的に動ける彼らへ、尊敬の念を抱くよりも罪悪感ばかりが湧き出ていた。


「動かされた遺体の検分って、めったに、ていうか、普通にないよね。」


「小説かドラマだけだと思っていたよ。殺してそのままの方が捕まった方が罪は軽いし、上手くいけば逃げ切れるのにね。」


 楊は目の前の鑑識官達の会話から彼らが宮辺が選出した人達だったと思い出し、一瞬で自分の罪悪感などを放り投げる事にした。


「本当に可愛いね。モコモコの上下セットを着ているからか、灰色ウサギか子猫かプードルだよ。あんたらが取り合いしていた気持ちがわかる。」


 髙が玄人を連れ帰ると言い張る事に対抗して、玄人がいなければ楊の指示を聞かない宮辺が仕事をしないだろうがいいのか、と楊が髙を言い負かしたのである。

 自宅に帰りたい髙は楊に折れ、玄人は青天目のソファに寝かしつけられた。

 部下が自分の言うことを聞かないという情けないことを人前で大声で言える楊に、青天目は少し尊敬の気持ちを感じていた。


 自分には絶対に出来ない、と。


 そして楊は、青天目のセリフに黒皮のソファで眠りこける玄人に振り返った。

 室内の照明器具は間接照明かと思える光の投げかけ方で、そんな灯りを受けながら仰向けで眠る玄人の頬に影が落ちて見え、まるで死相が浮き出た病人のようでもある。

 その影のある顔に、彼が先月病気で臥せっていた姿を楊は思い出していた。


 病名は手足口病であり、乳幼児のかかる病気でしかないが、まれに大人が感染すれば赤ん坊よりも重症化するのである。

 玄人は手足に発疹は出なかったが、口腔内は水泡で真っ赤に爛れたのだ。

 酷い口内炎を患ったことによって、彼は完治まで二週間近く固形物が食べられない状態が続き、それに加えて何日も続いた高熱である。


 百目鬼は楊に「心配するな。」とそれだけであったが、見舞いに出かけた山口の報告では、百目鬼自身が食事もしないで玄人に掛かりっきりであったというのだ。


「あの人は、クロトが死んだらどうなるのでしょう。俺は良純さんも愛している。クロトが逝ったら、俺はクロトの願うようにあの世のクロトと良純さんの架け橋になるつもりでしたが、あの人は俺を残して死ぬでしょうね。あの人に玄人がいない俺の存在価値なんてない。俺は一人になってしまう。元々俺はあの二人にはおまけでしかないんですから。」


「馬鹿。百目鬼は俊明さんの為に死ねないから心配するな。それにね、ちびは実の父親にネグレクトされていたでしょう。病気の子供に付き添う親をやっているんだよ、あいつは。ちびの育て直しって奴だ。」


 楊邸のダイニングルームで、電気も点けずに落ち込んでいた山口に、楊はそう言って慰めた事を思い出したのである。

 それから、久々に玄人の体を抱き上げた時の、彼の体の軽さにぞっとしたという事も。

 彼はもうすぐ終わる。

 抵抗力が弱まっているからこその手足口病なのだろう。


「あぁ!ウサちゃんだ!子猫ちゃんだ!」


 楊には聞き覚えがあり過ぎる、おまけに少々どころでないハイな声に玄人から視線を剥がして戸口に目線を動かした。

 そこには深い紺色のスーツを着込んだ楊の鬼畜な部下が、髙が呼び出していた薄灰色のスーツ姿の佐藤重政警部と連れ立って現れたのである。


 葉山は深夜だというのに金満な母親からキャリア復帰の祝いだと贈られたオーダーメイドスーツでパリッと決めており、対照的に佐藤警部は楊達同様の安っぽいスーツ姿のしょぼくれて疲れた雰囲気の中年男そのものの姿であった。

 楊は葉山の格好が、葉山を玄人と引き離す目的で佐藤家に追いやった事に対する楊への報復だと一目で理解した。


 この格好で「いいものには目がない」武本物産の当主の気を惹くつもりであったのだ。


「残念でした!葉山!ちびは爆睡中だから起こすなよ!」


 玄人に竹林に佇む武士と評されていた涼やかな好青年は、楊に好青年らしくない笑みを返した。

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