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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
五 ここは僕にとっての最初の仕事場
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ここも事故物件だった

 僕達は全員髙の指先を追って天井を見上げたが、シーリングファンがゆっくりと回っている以外は木目の天井が見えるだけだ。

 その天井を眺める内に、良純和尚が部屋を完全なスケルトンにして、徹底的に改造した理由を僕は思い出していた。


「あぁ、ここは腐った遺体が放置されていた現場でしたものね。」


「え、嘘。」


 驚いて声をあげたのは髙であった。

 ここが自宅の人は、名前どおり真っ青になっている。


「え?だから髙さんは天井のヒノキを指したのでしょう。良純さんが香りの高いヒノキを使って天井に施したのは、少しでも空気清浄になるようにって、そのせいだろうって。本当はその時廃材が安く手に入っただけなのですけど。僕は髙さんがそう僕達に伝えるために天井を指したのだと思いましたよ。」


「いや。違う。以前現場がヒノキ風呂の時があってね、彼が臭いが苦手だって全く使い物にならなかったんだよ。それでここは天井がヒノキでしょう。常人なら平気でしょうけど、さっき知ったあの嗅覚だったらヒノキは無理じゃないかってね。それだけだったんだけど、嘘。そんな事件がここであったの?解決済み?遺体は身元判明していた?犯人は?あの人はなんでそんな事故物件ばっかり競売で手に入れるの。」


「僕がわかるはず無いじゃないですか。当時は鬱ですし。今だって住所を知らされずにリフォーム現場に連れ込まれていますもの。」


「そうだよね。玄人君が知る分けないよねぇ。山にいる百目鬼さんには聞けないし、この現場だったら、佐藤ちゃんのお父さんに聞いた方が早いかなぁ。」


 この現場は楊達の相模原東署を外れており、佐藤の父の署の管轄になるのである。

 髙は再びスマートフォンを取り出すと、面倒そうに電話をかけ始めた。

 そこに楊がねぇねぇという感じで相棒に尋ね始めたのである。


「そういえばさ、髙って佐藤のお父ちゃんと仲がいいよね。あの人ずっとあの署で普通の窓際警部さんをしている人でしょう?証拠物件室の主。いつからのお付き合いなの?」


「あの人は元公安ですよ。」


「うそ。そうだったの?ふうん。それでこの子は電話に邪魔でしょう?」


 楊は髙にそれとなく言葉をかけながら僕の奪還を試みたが、髙は煩い相棒にギロリと「静にしろ」の目線を飛ばし、すぐに電話に戻ると小声で佐藤警部と話し始めた。

 それでも髙が僕を手放さないのは凄いところだ。

 そして諦めない楊も凄い男だ。

 ぐいぐいと楊は僕の脇の下に両腕を回して引っ張るのだ。


「かわさんたら。」


「いいじゃん。いい加減にちび返してよ。」


「イヤですって。僕はオフだって言っているでしょう。検診に一緒に行くって杏子に約束させられているから絶対に帰る必要があるのですって。知っていますか?最近の超音波は3Dなんですよ。赤ん坊の姿かたちがリアルに見えるのですよ!」


「え!俺もそれに参加したい!俺もお腹の中の赤ちゃん見たい。」


「じゃあ、婚約者と子作りすればいいでしょう。」


「梨々子は海外へ卒業旅行中です。」


 楊と髙の何時もの掛け合いが初めての、おまけに存在を完全無視されている青天目あおてんもくが僕に語り掛けてきた。


「楊って、いつもこんな?あの恐怖伝説の髙さんに対してこの振る舞いって。」


 後ろから聞こえた声に僕はビクッとしたが、彼は死体を乗り越えて、僕達の後ろに回っていたもようである。


「うるせぇよ。あおてんもく野郎が。おい、ちび、今日からコイツを青ちゃんと呼べ。あおてんもくさん、じゃ長いだろ。」


「かわちゃん酷い。」


「いいよ。あおちゃんで。俺も君を勝手にクロちゃんと呼んでいるし。」


「それじゃあ、青さん。僕はそこのソファで眠っていい?もう眠くって。」


 青天目あおてんもくは大きく首を振って、僕ではなく楊に顔をむけた。


「楊、君のところで俺をしばらく泊めてくれないかな。ここは現場だし、現場検証に時間が掛かりそうだ。俺は善意の通報者だろ。元同僚のよしみで頼むよ。」


「死体があった所で眠りたくないって言えよ。弱虫。よく警察ができたね。あ、辞めたんだっけ?」


「煩せぇ。猫かぶりが。」


 かわちゃん家は死体が三体あった場所だよ、僕はそう青天目あおてんもくに教えてあげたかったが、僕は口を開くどころでは無くなった。

 急に限界が押し寄せてきたのである。

 眠くて眠くて、どうせ離してくれないならと、僕は髙に寄りかかって眠る事にした。


「あぁ、玄人君。すぐに帰るから、大丈夫?」


「大丈夫じゃない。帰りたい。眠い。もう、……だ……め。」


 僕の意識はそこでお終い。

 真っ暗闇にすとんと落ちた。

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