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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
五 ここは僕にとっての最初の仕事場
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死んでいた男の殺された状況とは?

「ちび。わかった。怖かったんだな。あいつらが。」


 僕は楊に頭を上下させて見せた。

 すると彼は、ポケットを探り、そこからお菓子を一個取り出した。

 キャンディ包みのビニールの包み紙から透けて見えるのは、小さな俵型の緑色で和菓子な駄菓子だった。


「俺の家宝をお前にやるから話せ。」


「かわちゃんは横浜の人なのに、どうして埼玉のお菓子を!そしてそれは一体いつからあなたのポケットに入っていたものなの!いらないよ!」


「お前がこれ好きだからて、俺がとっといてやったんだろうが!」

 

 楊の言葉に、僕はあの日の事を頭から振り払い、急いで倒れている男を見直した。

 五家宝はキナコ味の美味しいお菓子だが、楊のポケットの中で得体のしれないものになっている以上、楊によって僕の口にねじ込まれたくはない。


「こいつは仲間の一人に車で轢かれて殺されています。ゆっくりと、車のタイヤで潰されるように、ですね。向いにもう一人を同じように置いて。でも、かわちゃん。こいつの怪我は左頬の顔面骨折だけでしょう。どうしてリンチを受けたような傷跡があるの?殺した奴はスタンガンで気を失わせただけだよ。かわちゃんがやったの?」


「ば、馬鹿。俺がするかよ。本部には何も知らない俺が叱り飛ばされてな、訴えられないように見舞いに行って来いってさ。そんで可哀そうな俺がこんな糞に見舞い品を持って世田谷くんだりまで行ってさ、下げたくも無い頭を下げた時には既にこんな姿でした。山口を訴えるって言う男に、俺は部下を守るためにって土下座までしたんだからね。」


 ぶっと僕の右手と斜め前方下方から同時に噴出した音が聞こえた。


「あんたはさ、昔っから優しいよね。やっかみで嫌がらせした奴に、偉くなって仕返しもできるだろうに何もしなくてさあ。でもねぇ、引き過ぎるのも考え物だよ。部下の事を本当に思うならさ、彼が首を切られてもね、あんたは頭を下げるべきじゃなかったよ。」


 先程まで泣いていた大柄で厳つい顔の格好の良い男は、涙を指先で軽く拭いながら立ち上がり、褒めているのかけなしているのかわからない言葉を楊にかけた。

 だけど、僕は楊がこの死体となった男に頭を下げる訳が無いことを知っている。

 あれは口から出たでまかせだ。

 髙がニヤニヤ笑いをしているではないか。


 髙と一緒にいる限り、楊が屑に頭を下げる状況に陥ることは決してないはずなのだ。

 その証拠に、楊の嘘を信じきっている青天目あおてんもくに対して、罪の意識を感じた楊の方が萎縮して目を逸らしているではないか。この、小物!


青天目あおてんもくさん。大丈夫。かわちゃんは頭を下げるどころか脅しを入れたはずですよ。」


「うそ。こいつは楊だろ。優し過ぎて誰も守れないって肩書きの。よく警察を続けられるねって噂の主だぞ。」


「髙さんも一緒だから。」


「あぁ。」


 青天目あおてんもくは一瞬で了解した。

 僕がその青天目あおてんもくの様に髙へと驚きの視線を投げかけると、彼は面倒臭そうに口を開いた。


「いいじゃないですか。そういう馬鹿が組織に一人くらいいたほうがね。それで、見たところ、ただの遺体遺棄なだけでしょう。うちの鑑識に任せて、とにかく遺体をここから搬出しましょう。君は遺体に触れたりはしていないよね。証拠汚染をしていたら、君を上げるからね。うちの部下を守るためにね。」


「えぇ!噂どおりの鬼ですね。触ってはいませんが、俺の部屋なんだから俺の髪の毛やらなにやらぐらいは付いているでしょうよ。」


「そうだね。好都合かも。」


「えぇ!」


 髙は無情にもスマートフォンを取り出して、宮辺を呼び出して話し始めたのである。

 話というか、単なる指示だ。

 宮辺の部下を呼べってだけの。


「うん。そう。君に頼んだからね。面倒は全部かわさんに任せればいいから。」


 スマートフォンを右手だけで器用に操作して胸ポケットに納めた男に、楊が僕も不思議だと思っていた事を口にしていた。


「髙、宮っちはすぐ外じゃん。ここに呼べばいいじゃん。」


 しかし答えたのは青天目あおてんもくだった。


「駄目ですよ。彼は俺の家が嫌いなんですよ。臭くて駄目だと言って、ここに一歩も入れないのです。今日は現場を確かめる必要があるって覗き込んでましたがね、その後はずっと外でしょう。」


「嘘ん。宮っちは普通に死体の現場はオーケーでしょう。」


 楊の驚く声に対して、髙は右手で天井を指し示した。

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