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疑うらくは是、命が九天より落つるかと(馬終話)  作者: 蔵前
四 青天目(あおてんもく)は窯変していない
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あおてんもくさん!あなたは、

 青天目あおてんもくは恥も外聞もないのか、楊も髙もいるそこで突然シャツのボタンを外して前を肌蹴ると、下の肌着までもを捲って僕に自分の古傷を見せ付けたのだ。


 鍛えられて締まった戦士の肉体は、その筋の人には眼福でもあるだろうが、僕はもう少し細身で筋肉が細い人のほうが好きだし、青天目あおてんもくが指差す傷痕は醜いケロイド状に肉が盛り上がる、僕が見たいと望むような見せものでは決してない。


「それ、ただの手術痕でしょ。」


 答えたのは僕ではなく髙であった。


「え、えぇ、そうですが。あの、これはざくろを飲んだ後に傷口を塞がなければ、と長谷警視監を名乗る男にもぐりの診療所に連れて行かれて処置されたものでして。」


 間抜けな男はシャツを捲ったまま、素直に髙に報告しているではないか。

 髙こそ僕を左腕にぶら下げた間抜けな姿であるというのに!

 一瞬で初対面の男の敬意を勝ち取るとは、髙は矢張り恐ろしい男である。

 そんな恐ろしい男は青天目あおてんもくを鼻で笑った。


 怖い。


「騙されたのでしょう。ざくろを飲んでも遺体は遺体だ。そりゃあ、出来なかった呼吸と止まっていた血の巡りが再開して生きたようにもなって楽になるらしいですけどね、生きている人間のように傷が治るって事はありませんよ。」


「ですが、俺を殺した男は、俺の子供を、一樹を食べて体を修復していていましたよ。完全に元通りに。」


 髙も楊も僕を一斉に注目した。

 青天目あおてんもくは彼らの視線を辿って、再び僕に視線を戻した。


「知っているの?君は。」


 僕は辛い事実を差し出すのだからせめて体裁を整えてと髙の腕から身を離そうとして、……離せなかった。

 彼は脇で僕の腕をギュッと挟んで固定して、あまつさえ、右手で僕の右手を押さえて微笑んでいるのだ。


「あう。」


「君をね、最後まで無事に守りたいからね。このまま。」


「ちょっと待てよ!ちびは俺が守るって。髙はいい加減にちびを離して俺に渡せよ。」


「イヤです。僕はさっさと妻の待つ家に帰りたいですからね。後始末はかわさんがやってよ。僕は今日オフなんだからさぁ。かわさんは玄人君の世話を買って出て、僕にこれを押し付けようって魂胆でしょう。」


 楊はいつものように両手で顔を覆ってしゃがみ込み、「ちくしょう」と呟いた。


「髙さん。僕って仕事を投げるためのアイテムだったの?」


「今回は家に戻るためのアイテム。」


「どうでもいいから、ちょっと俺のことは!ねぇ、俺は!」


 存在を忘れ去られていた大柄の男が騒ぎ出し、僕は煩いと思わず舌打ちをしていた。


「えぇ。クロちゃんはそういう人だった?」


「ひゃはは。俺のちびはお前が思っている以上に黒だからな。」


 しゃがむ男の背中を軽く蹴り、僕は青天目あおてんもくに向き合った。

 歯を噛みしめて僕を必死に見つめる男は、冗談ではすまない、家族を死人に屠られた男なのだ。


「あおてんもくさん。」


 ぎゃははは。

 僕がしゃべり出すや楊がけたたましく笑い出し、僕は再び彼の背中を蹴った。

 今度は強く。


「かわちゃんは酷いです。虫の息だった所を病院に運ばれただけで、長谷さんに適当な記憶を植え付けられて死人だって騙されてただけって知ったら、青天目あおてんもくさんが可哀相でしょう。」


「やっぱりお前ってひどい!」


 僕は再び自分の口元を左手で隠した。


「ちょっと待ってくれ。適当な記憶って、妻と子供が平坂に虐殺されたのもか!」


 彼が警察官として警護していた男は大臣の平坂ひらさか千児せんじ

 大昔に僕の前世の死体を食べて不老不死となった彼は、自分の血液を他人に若返りの薬だと騙して飲ませて死人化させていた屑であるが、彼は事故で体が潰れたことで不老不死の効力を失い、そこで再び僕の死体を食べようと僕を殺しかけた。

 前世の僕と違って、今の僕には寿命など一欠けらも無いことも知らないで。


「それは本当です。でも、あなたの子供を食べて回復したのは間違いです。あれは、えと、身代わりの術という、外道の術です。」


「ちびがよく使うよな。」


 僕は再び楊を蹴ろうとしたところで、青天目あおてんもくが僕に聞き返してきた。


「身代わりの術って?」


「えと、自分の体の不具合を他人に遷すっていう、人間がやってはいけない術です。あなたの奥さんは、それで体が引き裂かれてしまったの。もともと拷問して殺すつもりだったから、その術が手軽でいいって。」


 僕を縋るように見つめる青天目あおてんもくの瞳孔は開き、僕の言葉を彼の脳が受け付けたのだと理解した。

 妻でなくどうして自分を狙わなかったのかと、彼が聞き返してこない内に、僕は彼が知りたがっている彼の息子の死について語ることにしたのである。


「体が元通りになった死人ならば、体を楽にする薬が必要だった。ごめんなさい。あなたのお身内の不幸は本当に起きた事です。でも、青天目あおてんもくさん。あなたは、あなたを家族ごと助けようとして駆け付けたのに、間に合わなかった妖怪に助け出されたから、生きている人間なのです。」


 彼はがくりと跪き、僕を殺そうと襲った同一人物に奪われた家族を想ってか、両手で顔を覆って静に泣き始め、僕は失敗した間抜けの事を想っていた。


 戸籍上死んでこの世にいないはずの長谷はせ貴洋たかひろは、恐らく青天目あおてんもくごと平坂を潰そうとしていたのだと僕は思う。


 けれども、青天目あおてんもくは危機を乗り切ってしまった。

 そして、平坂の血を受けて三分の一は死人化していた青天目が、平坂の手先となっても奴の身代わりの術を受けることは決して無い。

 事態は動き、そして長谷は再び失敗したのだ。


 長谷は家族を守りきれなかったという、挫折と苦しみを再び味わった事だろう。


 愛すべき相良誠司の肉体が生み出した、彼の血が続く子供。

 血の繋がりはなくとも、誠司の父親だと自負していた彼には、青天目は孫同然だったはずなのだ。

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