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山口の馬鹿のせいで!

 楊は自分の弟分を過信しすぎていたようだ。

 彼からの返答は楊が望んでいたものでは全くない。


「ねむい。」


「俺だって眠いよ!お前は数秒後に寝直せるんだろ。」


「かわさん。クロトを寝かせてあげて下さいよ。」


 楊は聞き覚えのあり過ぎる声に、スピーカーにした自分を心の底から罵った。

 目の前の自称死人などは、本部時代のいじめっ子を思い出すニヤついた顔を楊に向けているではないか。

 楊はこの不利な状況に、一先ず立場の弱いはずの部下を攻撃する事にした。


「お前は帰って来ていたのかよ。いいのかよ。研修所。」


「いいじゃないですか。刑務所じゃないのですからプライベート時間くらい好きにしても。かわさんこそクロトを一人にして留守番なんて、可哀相に。」


「うるせぇよ。鬼畜を追い払って安全は確保してんだからいいだろうが。いいからちびに代れ。そんで、ちび!俺の目の前の死人は消せるのか?」


「僕は生きている人を殺せませんよ。」


 楊はその言葉に驚いていたが、楊よりも青天目が驚きに目を見開いた。


「俺は…………死人……じゃない?」


 そして彼の玄人は、楊の目でさえ驚きに見開かせたのである。


「かわちゃん。悪い魔法使いの目くらましに気をつけて。」


 楊は目の前の情景を打ち消すようにぎゅっと目を瞑って、数秒後に、そっと片目を見開いた。

 だがすぐに彼は両目を大きく見開かすしかなかったのである。


 遺体は二十代前半の腹を切り裂かれた若者ではなく、三十代半ばの楊にも見覚えのある男、先日部下の山口が半死半生にした「別れさせ屋」と呼ばれていた、井筒いづつ興信所の井筒いづつ智明ともあきであった。

 楊が見舞いまでしたのだから間違いない。

 嫌味のように楊に怯え、怯えながらも楊に慰謝料を請求した馬鹿野郎だった。


 彼は山口に殴打された傷が癒えないその状態で、病院で着せられる病衣姿で事切れていたのである。

 楊はスマートフォンを持たない左手で胸ポケットから紙袋入りの鑑識の木べらを取り出すと、片手だけで器用に袋から半分だけ木べらを飛び出させた。

 そして彼は死体に屈んで木べらを使って病衣を捲りあげたのである。


 そこで露になった井筒の胴体には、転がっていた側面となぜか背面にも死斑が出ていたが、胸部全体に赤黒い色とひしゃげたへこみもあった。


「酷いな。交通事故にあったみたいな状態だ。肋骨は全部折れているかな。」


 楊が捲った布地の下の状況について、青天目は楊が思った通りのことを口にした。

 それに対して、楊は現場で相棒や部下にするように青天目に答えていた。


「タイヤの跡もある。井筒の死因は胸部圧迫骨折による肺損傷か。死ぬまでかなりかかったかもな。」


 青天目にも楊にも疑うことなく確信した死因であるが、これは楊にとって重くのしかかる事実でもあったのだ。


「あ、やっベー。山口やばいじゃん。」


 楊は思わず呟いてしまっていた。

 そこに、「あ。」と叫ぶ声とともにスマートフォンを持つ楊の右手が、急にぐいんと上に引っ張られたのである。

 屈んでいた体勢が崩れて慌てて見れば、青天目が楊の腕をスマートフォンごとつかんで自分に引き寄せているという図だ。


 楊は先程まで見えていた青天目の顔形までも幻影だったと、大きく目を見開いた。

 そして、むかっ腹が立った。


 大柄で整っていないとは言えないが、厳つい方が勝つ顔の、楊が本部時代に何度か見たことのある男は、というか、体術訓練で楊を思いっきり投げて喜んでいた男だ。


 しかしすぐに楊の苛立ちは消えた。

 憎き男は、楊が思わず同情してしまう程に、あからさまに必死な形相でを顔に浮かべて玄人に縋り付いているのだ。


「山口とかはどうでもいいよ。それで、俺が死人でないって?ねぇ、俺はざくろを食べさせられたから生きているみたいだけど、死人だよ。ねぇ、クロちゃん!」


 楊は青天目を振り払い、人でなしの様子で目の前でスマートフォンの通話を切った。

 楊は青天目よりも背が低いのだからと、器の小さい仕返しをしてもいい気になっている。


「お前が死人じゃないんならどうでもいいだろ。はっぴーって喜べよ。そんで、普通に警察呼んでさ、呼んで……。畜生。呼んだら駄目だ。髙を呼ぼう。」


 山口は再教育という名の研修で、二週間はどこかの施設に缶詰になっていた筈であった。

 よって、彼には確実なアリバイがあったはずであるのに、残念な事にどこかの施設は牢獄でなかったらしい。

 施設から抜け出して人を殺して捨てるぐらいの時間はあるだろうと、警察どころか誰もが考えるだろうと、山口の無実を信じる楊でさえ思うのだ。


 あの馬鹿が研修所から抜け出してしまったせいで、と。


 楊は髙を呼び出しながら、自分の身の不幸を嘆くとともに、死体が青天目でなかったのに外階段へ逃げてしまって戻ってこない宮辺の行動の不思議を考えていた。

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