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お前の姿など見たくはなかった

 絶世の美女にしか見えない玄人は、楊の口づけに嫌がるどころか頬を上気させて桜色に染め、潤んだ瞳はもっとと楊を求めるではないか。

 記憶のフラッシュバック映像に楊は埋没してしまったが、自分のどこかがじゅわっとした感触に彼は慄いて正気を取り戻した。


「ちょっ。う、浮気じゃないもんね。ふざけていただけだって。そ、それに、ちびは成人でしょうが。幼くなんかないもんね!」


 劣情を再び刺激されたことを感じた楊は、そんな自分を打ち消す為に声をあげたが、その声は安っぽい裏返った声でしかない。

 宮辺は腐れ物でも見る目で楊を睨んだ後、勝手知ったるか、階段を上がりきるとその探偵事務所への部屋を目指して廊下を一人で先へと歩いて行ってしまった。


 楊と宮辺がこの雑居ビルの探偵事務所を目指しているのには訳がある。

 青天目の事務所内で殺人があり、このままでは殺人犯だと濡れ衣を着せられると、青天目自身から宮辺にSOSがあったのだ。

 青天目は宮辺が本部で鑑識をしていた時代からの友人であるのだという。


「あー。待って宮っち。」


 追いかける楊の目の前で宮辺はノックもせずに室内にするりと入り、ところが、数秒しないで部屋から飛び出すと、非常階段の方へと走り去ってしまったのだ。


「えー。どうしたって?宮っちは。」


 楊が数秒前に宮辺が開け閉めしたドアを開けて室内へと入ると、ひと目で宮辺が逃げ出した理由を理解するに達した。

 そして、そこは理解したが理解できない現状でもある。


「何これ。普通に警察呼んだらいいじゃん。」


 シンプルで色味の少ない十四畳くらいの事務所にしては広くない室内には、入ってすぐの壁際に三人掛けくらいの黒皮のソファが一台に、ソファの目の前にはティーテーブル。

 そして、少し離れた窓際に大き目の書斎机が構え、奥には衝立で目隠しされたキッチンと二つのドアだ。


 おそらく一つはトイレと風呂が一緒のユニットバスで、もう一つは青天目の自室だろうと楊は頭に間取り図を描いた。

 そしてついでにここが、事務所を無理矢理に居住空間に作り直したような、所帯じみていないが居心地が良さそうな秘密基地だと少々羨ましく思いながら、楊は初めて顔を合わせた青天目に向き合った。


「なんだよ、この冗談は。」


 百目鬼ぐらいの長身にがっしりとした体つきをした厳つい男は、写真では過去の記憶を彷彿とさせるだけの姿だったはずであるのに、直に前にしたその姿は、楊が捨て去った大昔の外見、楊の前世だという相良誠司そのものの外見なのだ。


 しかし、膿んだ目の色と疲れきった表情は楊が覚えている自分の物では決してない。

 それとも自分はこんな顔つきをしていたのかと、楊は遠い過去を思い出していた。

 転生する前の自分自身は、どんなに幸福と幸運に塗れようとも、娼婦の母親の客の相手をさせられた過去を振り払えなかったのである。


 楊の過去の亡霊は、訴える目で楊をじっと見つめた。


「すまない。俺は妻と子供が殺された時にね、一緒に殺されたんだ。それでも動くって死人だろう。死人の住む家にこんな死体が転がっているんだ。疑うなって、無理だろう?」


 書斎机とティーテーブルの間には、宮辺を追い払う程の力を持った遺体が転がっていた。

 即ち、腹を切り裂かれて殺された青天目の死体。

 では、楊の目の前に立つ男は何であるのか。

 自らが死人だと楊に訴える青天目は誰であるのか。


「驚いたよ。外から戻って事務所を開けたらこれだろう。どうして襤褸雑巾状態の男の死体がここにあるのか、俺が無実だと証明できるのかってね。証明するには体を弄られるだろ?俺が死体だってバレたらとね。」


 楊の目の前で、自分の遺体を前にして訴える男は何なのであろうか、と。


「困りましたね。それで、呼吸もなさっているようですし、肌の血色もいい。あなたは人食いを経験された事があるのでしょうか?」


 楊の目の前の男はきっと楊を睨むと、数秒口を開いたり閉じたりした後に、ぽつっと楊に聞きたくも無い告白をしたのである。


「死人になってすぐね、長谷警視監を名乗る男にざくろというものを飲まされたんだ。人間の胎児から作られるという、死人が生者になれる薬をね。」


「あぁ、あいつか。チクショウ。」


 楊はいてもたってもいられない激情に一瞬で飲み込まれ、気がついたらスマートフォンで大事な愛人に電話をかけていた。

 目の前の死人だと訴える男、おそらくは幽霊なのかもしれないと楊はちらりと考え、そこで幽霊となった彼に聞かせられるようにと、楊は通話をスピーカーにしたのである。


「ちび。俺の目の前の死人を死体に戻せるか?幽霊だったら消してくれ。」


 ところが、彼の玄人は彼の望む返事を返してはくれなかった。

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