表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

九州大学文藝部・先題噺

「あるまりの一生」 ver.雫

作者: 雫

 あるまりの一生は、決して楽しいものではありませんでした。

 ある日、まりは近所のお兄ちゃんやお姉ちゃんに蹴られていました。まりを蹴ることをけまり(・・・)というらしいですが、このまりもみんなのけまり道具にされていました。お兄ちゃんが靴で蹴るたび、地面を跳ねるたび、痛みは募っていきます。小さなかすり傷ができてもなお、まりは蹴られ続けます。まりは言葉がしゃべれないから「痛い」と声に出して言えません。時々、お姉ちゃんが跳んでくるまりにびっくりして避けてしまうと、心が弱ってしまいます。まりにだって心はあるんです。まりは傷を背負ったまま、その日は思いっきり蹴られていました。

 別の日、まりは泥まみれの水たまりに思いっきり浸かってしまいました。お兄ちゃんは「うわ~、汚れちまった、きったねえ~」と言いながらまりを指先でつかむと、「かわけ~」とまりを空に向かって思いっきり投げました。太陽が一瞬だけ近くなると、そこから急に遠ざかり、後頭部に痛みが走りました。まりの後頭部ってどこなんでしょう、丸いくせに。地面に倒れたまりが空をぼおっと見上げていると、別のお兄ちゃんが持っていたタオルでまりを拭いてくれました。お兄ちゃんの優しさが、照り付ける暑さと後頭部の痛みを癒してくれるような気がしました。しかしそれも束の間、そのお兄ちゃんがまりを大きく蹴り上げました。拭いてくれた時の優しさがまるで嘘かのように、再びまりの後頭部に痛みが走りました。そして、気づいたらまた、泥んこまみれになりました。

さらに別の日、まりは道路に向かって転がっていきました。まりを追いかけてお姉ちゃんが道路にやってきました。それと同時に、大きなトラックがまりめがけて走ってきました。「お姉ちゃん危ない!」とまりは力の限り叫びました。しかし、まりの声はお姉ちゃんに届きません。ドンッと鈍い音がしました。白い色をしたまりに、赤いまだらがつきました。

それから、まりはお姉ちゃんを見なくなりました。そして、まりは暗く狭い部屋に閉じ込められてしまいました。部屋は寒く、周りに何があるのかもわかりません。きっとお兄ちゃんが、お姉ちゃんが部屋のドアを開けてくれると、そう願うばかりでした。まりは悲しみに暮れてしまいました。天井から漏れた雨水がまりの表面を伝い、まりはそれが「涙」だと気づきました。まりにはまだ、お兄ちゃんたちにつけられた擦り傷やあの時の赤いまだらが残っています。誰かがきれいにしてくれる、そしてどこかで、まりを追いかけてきてくれたお姉ちゃんと、汚れを優しく拭いてくれたお兄ちゃんと、汚いと言いながらも拾ってくれたお兄ちゃんと、またみんなで遊ぶ日が来てくれることをひそかに信じていました。しかし、そんな淡い期待もむなしく、まりは暗い部屋の中でひっそりと眠りにつきました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ