中華民国軍の一式戦闘機「隼」
一式戦「隼」が日本以外で活躍する架空戦記です。
ん?あんた日本人の雑誌記者?
中国語うまいな。
ワシが戦争中、一式戦闘機「隼」のパイロットだった頃のことを取材したい?
いいぞ、最近はひ孫も「おじいちゃんの話は同じことの繰り返しでつまんない」と言ってアイスクリームを買ってやっても話を聞いてくれんのだ。
じゃあ、始めるぞ。
我が中華民国とあなたの国の日本との戦争は1941年に終わった。
日本がアメリカの要求を受け入れ中国大陸からの撤退に合意したからだった。
日本が傀儡として建国した「満州国」は、アメリカが管理する「満州特別区」となった。
日本軍が撤退して中国は平和になり、めでたしめでたし……とはならなかった。
共通の敵がいる間は協力していた国民党と共産党が再び対立したからだ。
歴史の教科書で言う「中華内戦」が起こることになった。
そして、ワシはパイロットとして一式戦闘機「隼」に乗ることになったのだ。
日中戦争が終わると日本軍は中国から撤退したが、変わって日本製兵器の中国への売り込みをしてきた。
我が国が日本から購入したさまざまな兵器の中に「隼」があった。
アメリカなんかはもっと高性能の戦闘機を売り込んだんだが、ワシたち前線のパイロットからの評価の高い戦闘機の一つが「隼」だったんだ。
アメリカの戦闘機は高空での高速性を重視していたが、ワシらにとっては低空での運動性の高い「隼」の方が使い勝手が良かった。
共産党軍の奴らは少数の部隊でのゲリラ戦を得意にしていたからな。
ワシはそいつらに向かって隼で低空で銃撃したり小型爆弾を投下してやったりしたんだ。
おおっ!あの時のことを聞きたい!?
いいとも!ワシがあの戦争で一番の活躍をした時のことだ。
ワシは九十歳を過ぎたが、あの時のことは鮮明に覚えている。
共産党のリーダーは共産党軍が一時的に北京を制圧すると、北京を首都とした共産主義国家の建国を宣言しようとした。
我が国民党軍は北京での建国宣言の演説中の共産党のリーダーを空襲で爆殺する計画を立てた。
隼の長大な航続距離を生かした作戦だった。
北京から遠く離れた隼の航続距離ギリギリの場所に秘密の野戦飛行場を造り、そこから隼を離陸させる。
北京に向かい演説中の共産党のリーダーを爆殺する。
隼は燃料切れで帰還できないが、ワシは機体を捨ててパラシュートで脱出、現地にある国民党が潜入させているスパイ組織と合流するという計画だった。
ワシは超低空で北京に進入、マイクの前で演説しようとしていた共産党のリーダーを銃撃した。
ヤツが倒れたのがはっきりと見えた。
あれがワシの人生での最高の瞬間だった。
ワシが戦闘機パイロットでいられたのはあれが最後だった。
ああ、この左腕は義手だ。
パラシュートで脱出した後、スパイ組織との合流に失敗してな。
共産党軍に捕まってしまったんだ。
それでヤツらに拷問されて左腕を失ってしまった。
幸い殺される前にスパイ組織に救出された。
パイロットとしては軍に残れなかったが、国はワシを「英雄」として生涯年金を保証してくれた。
だから、ひ孫にアイスクリームを買ってやることもできる。
ああ、ところで、いつ頃発売される雑誌にワシのインタビュー記事は載るんだ?
ワシは日本語は読めないが、息子が日本語の教師だったから読んでもらうつもりなんだ。
発売されたら雑誌を送る?
楽しみに待っているよ。
…………あの老人に雑誌が送られることは永遠にない。
私は雑誌記者ではないし、日本人でもない。
中華民国政府のある組織に所属する人間だ。
やはり、あの老人は自分があの内戦において共産党のリーダーを殺害した英雄だと信じているようだ。
いや、少し前までは私も含めて全世界の人間がそれを信じていた。
最近の調査で、あの老人が殺害したのは影武者で、本物はその後の共産党の内紛で殺害されたことが判明したのだ。
もちろん、このことは公表されることはない。
中華民国のパイロットが日本製の戦闘機で共産党のリーダーを殺害したことは、中華民国と日本の友好の象徴なのだ。
何度も中華民国と日本との共同製作のドラマや映画になっているし、最近ではキャラクターを幼い少女にしたアニメが公開されている。
我が国の幼い子供が飛行機の絵を描けば、ほぼ百パーセントで一式戦闘機「隼」を描いているほど世の中に浸透している。
我が国は対立するソ連との間に長大な国境線を抱えている。
前世紀末に崩壊すると思われたソ連は持ち直し、我が国との対立を深めている。
我が国単独では対抗できない。
日本との友好関係は必要なのだ。
だから、真実を明らかにはできない。
だが、完全に隠すのは不可能だろうから計画がある。
オカルトや都市伝説の記事をあつかっている雑誌に真実を載せるのだ。
誰もが嘘だと分かる「死亡したと思われた独裁者、南極地下の秘密基地で生存」という記事と一緒にだ。
これなら真実が漏れたとしても誰もオカルトや都市伝説だと思うだろう。
あの老人は永遠に世間の大多数にとっての「英雄」だ。
だが、真実を知る少数派になってしまった私の内心は複雑だ。
私は子供の頃、あの老人をモデルとした映画を見て、戦闘機パイロットになりたくて空軍に入ったのだ。
しかし、空軍に入ってから上官に諜報の才能を見出だされて、情報部に配属されてしまった。
そんな私には今回の任務はふさわしかったのかもしれない。
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