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君と交わした約束を僕は忘れない  作者: 日野 祐希
第二章 書籍部の先輩
9/40

 日々は過ぎ行き、七月中旬。先日、ようやく梅雨が明け、外の空気がすっかり夏の装いとなった今日この頃、資料室には奈津美先輩の力強い声が木霊していた。


「フッフッフ! 私だって、やる時はやるのよ!」


 期末テストが終わり、今日でちょうど一週間。テーブルの上に置かれているのは、今日配布されたという奈津美先輩のテスト成績表だ。教科ごと、先輩の得点と順位、そして平均点が記載されている。

 浅場南高校において、赤点は平均点の半分以下(端数切捨て)となっている。


 それで、気になる先輩にテスト結果はというと……なんと驚きの結果となっていた。


「私が本気を出せば、赤点0くらい、朝飯前なのよ!」


 今回の三年文系赤点ライン、数Ⅱ:27点、数B:24点、英語:32点、生物:33点。

 一方、奈津美先輩の得点は、数Ⅱ:29点、数B:25点、英語:33点、生物:36点。


 そうなのだ。奈津美先輩は奇跡的にも、すべて苦手科目で赤点を回避したのである。他の科目も平均点に近い点数を取れているようなので、無事に夏休みフル補習は避けられた。


 奈津美先輩が赤点0だったのは一年の二学期中間テスト以来とのことで、正しくこれは快挙と言える。おかげで先輩は、ずっと上機嫌に高笑いしている。


『今日の数学Ⅱ、半分しか埋められなかった……。もうおしまいよ~』


『どうしよう、悠里君。生物で回答欄をひとつずつずらしちゃったかもしれない。もうおしまいよ~』


 とか言って、テスト期間中は毎日のように放課後の部室で泣き明かしていたというのに。ホント、調子のいい人だ。


「見て見て、悠里君。ほら、ちゃんと約束守ったわよ! 夏休みの補習はなくなったし、これで文集作りに集中できるわ!」


「そんな顔の近くに紙を持ってこないでも、ちゃんと見えます。むしろこれじゃあ、逆に何も見えません」


 成績表を持った奈津美先輩に手を、邪魔そうに払いのける。それでも奈津美先輩は、うれしそうに微笑んだままだ。この人、今日はもうずっと頭の中がお花畑かもしれない。


 無論、僕としても勉強を教えた甲斐があったという意味で、この件は大変喜ばしいことだ。部室に来て結果を聞いた時は、喜びのあまり柄にもなく、奈津美先輩とハイタッチまでした。


 ただ、三十分もこのノリで同じ話に付き合わされていると……さすがにウザったい。奈津美先輩はテンションがうなぎ上りだから、なおさらだ。うれしいのはわかったから、そろそろ落ち着いてほしい。

 と、そこで僕は、ふと思い出したことを口にした。


「でも先輩、朝の英単テストでは結局補習になったんですよね。そっちの禊は済んだんですか?」


 先週、先々週は期末テスト期間ということで、英単テストはお休みだった。しかし、期末テストも終わったので、今週からは再開している。


 そして、期末テストが終わってすっかり気の抜けた奈津美先輩の得点は、驚愕の三点だったらしい。期末の赤点対策で英語も猛勉強していたはずなのに、どうしてこうなったのか……。僕にも謎である。


 ただひとつはっきりしているのは、期末テストをはさんで、先輩の平均点半分以下が五週連続に到達したということ。つまりは、補習確定だ。赤点は回避できても、補習の魔の手だけは回避できなかったようだ。


 で、僕の質問を向けた奈津美先輩はというと、一瞬にしてテンションが夏から冬へと急転直下した。

 太陽のように明るい笑みは哀愁を帯びた悲しい微笑に変わり、奈津美先輩の周りだけ木枯らしが吹き始めたかのように色が褪せていく。


 まさかここまで効果があるとは……。ちょっと落ち着いてくれればいいな~、くらいの気持ちで言ったのだけど、これは予想外だ。完全に地雷を踏み抜いてしまった。やり過ぎちゃった感が半端なくて、少し心が痛い。


「うふふ……。それは終業式前日の放課後にやるって言われたわ。うふふふ……」


「そ、そうですか。その……頑張ってくださいね……」


 せめてもの罪滅ぼしに、心からエールを送っておく。

 奈津美先輩は、虚ろな瞳でフッと笑い、僕に力なくサムズアップしてみせた。


 やばい。これはやばい。奈津美先輩の心が折れかけている。

 この人、よく暴走するし、行動は突拍子もないこと多いけど、ハートは外見と一緒で繊細だからな。赤点を避けられたのに結局補習を受けることになって、普段以上のダメージを負ったのだろう。


「そ、そうだ! 今日は文集の打ち合わせするんでしたよね。もう四時回っていますし、そろそろ始めましょうか!」


 無駄に明るく大きな声で、捲し立てるように話題転換を図る。

 もう何でもいいから、奈津美先輩の補習から話を逸らしたい。でないと、奈津美先輩のテンションが伝染して、僕まで病んでしまいそうだ。


「先輩、文集のテーマを考えてくれたんですよね。ほら、期末前に言っていた体験レポートとかいうやつ。僕も気に入るって言っていたから、どんなことかずっと気になっていたんですよね~!」


 外国人張りのジェスチャーを交えながら、矢継ぎ早に話を振っていく。

 一通り長台詞を言い終わったところで、奈津美先輩の方を窺ってみた。


 すると、死んだ魚のようだった奈津美先輩の目に生気が戻っていた。口をもにょもにょさせ、体は微妙に揺れている。話したくてうずうずし出したらしい。

 たぶんこれは、補習のことも頭から吹っ飛びかけているな。


 よっし! もう一押しだ。


「さあ先輩、張り切っていってみましょう!」


「仕方ないわね! 後輩からそこまで期待されては、先輩として応えないわけにはいかないわ! 悠里君、会議を始めるわよ!」


 僕の合いの手に調子よく乗ってきた奈津美先輩が、腕を組んで仁王立ちする。どうやら補習が一時的に頭から抜けて、元気を取り戻したらしい。

 慣れないことをして上がった息を整え、ホッと胸をなでおろす。


 よかった、奈津美先輩が単純バ……純粋かつポジティブで――。


          * * *


 復活した先輩が提示した文集の記事テーマは、次の三つだった。


【書籍部の歴史】


【現役図書委員が選ぶ図書室の隠れたオススメ本ベスト5】


【書籍部卒業生の職場体験&インタビュー】


 この内、前者ふたつは鉄板ネタ。言ってしまえば、毎年の恒例記事といったところだ。

 部の歴史をまとめるのは、代々部長が引き継いできた、この部の数少ない伝統。前部長までがまとめてきた歴史に、自分の代の出来事を書き加えていくのが、部長の大切な仕事らしい。……まあ、活動実績なんてないに等しい部なので、大した継ぎ足しはないけれど。


 オススメ本の方も、一種の伝統と言っていいだろう。書籍部というだけあって、毎年少なくともひとりは図書委員になる部員がいる。去年や今年の僕のように。そんな部員たちが好んで書いてきたのが、このオススメ本ランキングだ。ランキングなら個人の嗜好ありきで手早くまとめられる。なので、図書委員の部員がこぞって毎年記事を書き、結果毎年の恒例となってしまったのだ。


 と、こんな感じで、前のふたつは考えるまでもなく出てくる記事テーマと言える。

 よって、今年の目玉=奈津美先輩が考えたオリジナルテーマは、三つ目の『書籍部卒業生の職場体験&インタビュー』ということになる。


「今回の取材、きっと悠里君にとって良い経験になると思うのよね」


 そう言って、奈津美先輩は僕に愛用している手帳を見せてきた。そこに書かれていたのは、今回訪問するふたりの人物の名前と、その職業だ。


 今回訪問するのは、司書になったという初代部長と、奈津美先輩と今も交流があるという修復家のところらしい。奈津美先輩が僕を書籍部へ勧誘しに来た時に引き合いに出してきた、あのふたりだ。名前は、司書の方が清森(きよもり)陽菜乃(ひなの)先輩、修復家の方が清森真菜(まな)先輩というらしい。


 名前からもわかるかもしれないけど、このふたり、実の姉妹とのことだ。

 だから、奈津美先輩→真菜先輩→陽菜乃先輩とバイパスをつなぎ、取材の話を取り付けたらしい。


 確かにこれは奈津美先輩が言う通り、僕にとっても願ってもないチャンスだ。

 司書の生の声を聞けるのは僕の将来を考えてもプラスになるし、本の修復技術にも興味はある。図書館の業務において、本の修復は避けて通れない道だし、この機会に色々話を聞いておきたいところだ。本当に、僕にとって得しかない。


「先輩……。僕、書籍部に入って初めて、先輩が部長で良かったと心から思えました」


「そうでしょう、そうでしょう。……って、『書籍部に入って初めて』ってどういうこと?」


「先輩が起こした問題の後始末に奔走した、この一年三カ月。ようやくそのご褒美がもらえた気分です」


「ひ、ひどい! 持ち上げているように見せてこきおろすとか、ひど過ぎ! 悠里君の鬼! 悪魔!!」


 何やら奈津美先輩が喚いているけど、今はまったく気にならない。というか、奈津美先輩、涙目になっているけど、どうしたのだろう?


 ああ、そうか。初めて部長として褒めてもらえて、感動しているのか。

 うんうん、今は存分に褒めてあげますよ。先輩えらい! グッジョブです!


「僕もまったく異存はありません。今年の文集は、これでいきましょう!」


「あっ、そう! 喜んでもらえて何よりだわ! フンだ! 悠里君の図書館バカ!!」


「つきましては、先輩もさっさと禊を済ませてきてくださいね。無駄な抵抗をしないで、愛想よく真面目に補習してきてください。夏休みに入ったら、すぐに取材なんですから」


「やっぱり悠里君、きらい! ドS、いじめっ子、人でなし!」


 テンションマックスな僕の隣で、奈津美先輩も感極まったのか、「ふえーんっ!」と泣き出してしまった。

 こうして、書籍部内文集会議は、和やかに終わりを迎えたのだった。


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