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君と交わした約束を僕は忘れない  作者: 日野 祐希@既刊8冊発売中
第一章 浅場南高校書籍部
6/40

3-1

 記憶の旅から帰還し、僕はひとつため息をついた。


 あの日からおよそ一年三カ月、僕は書籍部の部員として活動し、今に至ったというわけだ。我ながら、なかなか律儀な性格だと思う。よくこの部を辞めなかったものだ。奈津美先輩の言う〝愛情〟ではないが、〝愛着〟くらいは湧いているのかもしれないな。


「どうしたの、悠里君? 急に明後日の方角なんか見て」


「いえ、愛情はなくても愛着くらいはあるかな~と思い返していただけです」


 僕が素直に思っていたことを言うと、奈津美先輩がパッと華やかな笑顔になった。「うんうん、それでこそ書籍部員よ!」と満足げだ。

 喜んでいただけたようで何よりです。


「で、結局、文集作成の自由って、どういうことなんですか?」


「ああ、そうだった。聞いて、悠里君。今年は二年ぶりに、あの企画を復活させるわよ!」


「二年ぶりにあの企画? ……って、まさか!」


「そう! 今年の文集は、私たちで手作りします!」


 奈津美先輩が、力強い笑顔でまたもや身を乗り出してきた。マイブームなのかな。


「去年は渋谷(しぶや)先輩と九條先生に反対されてお流れになったけど、今年はやるわよ! 自分たちで折丁をかがり、背固めをして、表紙をつけるの。ハンドメイドの文字通り世界にひとつしかない文集を作るのよ!」


「はあ……」


「やっぱり、文集を作るなら製本にもこだわるべきなのよ。すべて印刷所に任せて『はい、終わり!』なんて邪道もいいところだわ。手作り最高! これぞ、書籍部のあるべき姿なのよ!」


 呆気にとられた僕に、奈津美先輩がグッと拳を握り締めて力説する。僕が二の句を継げずにいる間に、奈津美先輩はすっかり演説モードに入ってしまった。

 きっと九條先生も、こんな感じで延々と演説を聞かされたのだろうな。それも、二か月に渡って……。


「さあ悠里君、これから忙しくなるわよ。一緒に素敵な本を作りましょう!」


 九條先生の苦労を偲んでいたら、ようやく奈津美先輩の演説も終わったらしい。いつぞやのように右手を差し出す奈津美先輩を呆れ交じりに見つめ、僕は何度目になるかわからないため息をついた。


「なるほど。先生も苦渋の決断だったんでしょうね……」


「うん? 苦渋の決断って、一体何が?」


 まったく心当たりがないという様子で、奈津美先輩が首を傾げた。前部長の渋谷先輩や九條先生も、この屈託のない笑顔に苦労させられてきたんだろうな。

 そして今度は、僕の番というわけか。いや、苦労だけならこれまでにもすでに色々とさせられているけど……。


「もしかして悠里君、先生が私たちの力量を心配してるかもって考えてる? だったら大丈夫よ。先生もそこら辺は信頼してくださっていたから」


「そんなことはわかっています。先輩がいるんですから、製本を行うこと自体に不安を差しこむ道理はありません」


 僕が答えると、奈津美先輩は頬を赤く染めて「えへへ~」と照れくさそうに笑った。頬に手を当てて恥じらっている姿は、悔しいけどちょっとかわいい。


 それはさておき、自分たちで製本作業を行うことについては、僕も先生同様、まったく心配していない。なぜなら、書籍部には奈津美先輩がいるから。


 奈津美先輩のお祖父さんは、現役の製本家なのだ。それも、製本の本場であるヨーロッパで受賞歴がある超一流の製本家ときている。

 その孫である奈津美先輩も製本家志望であり、今は親元を離れて、お祖父さんの工房で見習いのようなことをしている。つまり奈津美先輩は、製本家の卵。文集の製本なんて、おちゃのこさいさいだろう。


 よって、僕が苦慮し、九條先生が二か月も決断を渋った理由はそこじゃない。


「先生と、ついでに僕が心配しているのは、先輩が一昨年みたいにやらかさないか(・・・・・・・)ってことですよ」


 僕の指摘に、奈津美先輩は笑顔を引っ込め、バツが悪そうに「むぐっ!」と唸った。


 そう。僕と先生の心配の種は、奈津美先輩が製本家として暴走することだ。なぜならこの人、二年前の文化祭でやり過ぎなくらいにこだわりまくって製本を行ってしまったらしいのだ。


 その年、文集の文章面は渋谷先輩と当時の三年生がすべて作成し、製本面は期待のルーキー(当時)であった奈津美先輩が一手に引き受けていたらしい。まだ製本家の卵とはいえ、素人の自分たちが口や手を出すのは失礼だ、という渋谷先輩たちの配慮だったのだろう。


 しかし、結果から言えば、これが大きな判断ミスだった。


 奈津美先輩渾身の製本は、出来だけを見ればとても素晴らしいものとなった。それはもう、高校の一文化部の文集とは、とても思えないほどに……。文化祭で展示した際にもちょっとした話題になって、最終日には新聞の取材まで来たらしい。


 僕も一年生の時に実物を見せてもらったことがあるけど、シックな革の表紙に煌びやかな金箔押しの装飾が施されており、奈津美先輩の力量に驚かされた。


 ただ、それだけの作品を制作するとなれば、当然ながら材料費だってかさんでくる。


 文化祭後、学校に届いた請求書の数々を見て、渋谷先輩たちと九條先生はびっくり仰天。製本にかかった費用は、元々雀の涙ほどしかなかった書籍部の予算を、はるかにオーバーしていたのだ。

 幸い、新聞取材を呼び寄せた功績と相殺で、オーバーした費用は学校に工面してもらえたらしいけど、書籍部関係者は揃って校長からこってり絞られたそうだ。


 おかげで、九條先生と渋谷先輩にとって、奈津美先輩の手製本はトラウマ級の嫌な思い出になっていると聞いた。もっとも、主犯である奈津美先輩だけは、喉元過ぎて熱さを忘れたようだが……。


 去年の文化祭で渋谷先輩と九條先生が奈津美先輩を止めたのも、これが理由だ。渋谷先輩にいたっては、号泣しながら決死の土下座まで敢行していた。「頼むから、僕が部長のうちはやめてくれ!」という渋谷先輩の嘆願は、今でも目に焼き付いている。


「先輩、手製本をやるのはいいですが、くれぐれも同じ失敗は繰り返さないでくださいね。僕、校長から説教なんて受けたくないですから」


「む~……。九條先生からも同じことを言われたわ。私だってちゃんと反省しています! 今回はお金が安く済むように、箔押しはしないで表紙もクロス装にするつもりだもん。同じ失敗をしたりしないわ」


「本当ですね? 約束ですよ」


 僕が念押しするように問いを重ねると、奈津美先輩はすねた様子で唇を尖らせた。


「あの時は確かに私が悪かったけど……みんな、一度の失敗を引きずり過ぎなのよ。もう少し大らかな気持ちを持ってほしいものだわ」


「先輩の失敗は、僕ら一般人からすると立派な大惨事なんですよ。第一、先輩がやらかした失敗は、それひとつじゃないでしょうが」


 言葉とともに、今日何度目になるかわからないため息が出てきた。ホント、書籍部に入ってからというもの、この人に振り回されっぱなしだ。


 一方、呆れ顔の僕を見て、奈津美先輩は完全にふてくされモードに突入してしまったらしい。ムスッとした顔で突っかかってきた。


「ちょっと悠里君、今のは聞き捨てならないわね。私がいつ、何をやらかしちゃったっていうの?」


「先輩、それは自虐ネタのフリか何かですか?」


「ま、真顔で言った……。ゆ、悠里君、仮にも先輩に対して、その物言いはひどいんじゃない? 日々お世話になっている先輩への尊敬が、足りていないと思わない?」


「先輩こそ、日々面倒事に巻きこんでいる後輩への配慮が、足りてないとは思いませんか?」


「あ、ああ言えばこう言う……」


「先輩、自覚してください。先輩は校内でも割と有名人なんですよ……トラブルメーカーとして」


 そして僕は、そんな奈津美先輩の手下A扱いです。なぜか生徒会から、準危険人物としてマークされています。もちろん奈津美先輩は、文句なしのAランク危険人物として、ブラックリスト入りしています。……とは、口に出さなかった。先輩思いの後輩だと、自分を褒めてあげたい。


 けど、僕の思いやりも空しく、奈津美先輩の堪忍袋の緒が切れた。


「むっかーっ! いいわ。そこまで言うなら、受けて立とうじゃない。私と悠里君、どっちが傍若無人で厚顔無恥か、はっきりさせましょう。さあ、私がやらかした失敗とやらを言ってみなさい!」


 むしろ自分からケンカをふっかける勢いで、先輩が噛みついてきた。「言えるものなら言ってみろ!」と言わんばかりの挑戦的な視線を、僕に向けている。……どこからこの自信が湧いてくるのだろう?


 まあいいや。本人が「言え!」と言っているのだし、よい機会だからきちんと自分の破天荒具合を自覚してもらおう。


 ええと、まずはそうだな……。これからいっておくか。


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