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君と交わした約束を僕は忘れない  作者: 日野 祐希
第一章 浅場南高校書籍部
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2-1

「ようこそ、浅場南高校書籍部へ。私は、あなたを歓迎するわ!」


「……はい?」


 校門の前、唐突に歓迎されてしまった僕は、呆気に取られた声を上げていた。


 けれど、それも仕方がないことだと、僕は自分を弁護したい。だって、いきなり現れた見ず知らずの二年生に、いきなり入部を認められてしまったのだ。しかも、僕の意思とは関係なく……。

 これで動じないほど、僕は精神が強くも鈍くもない。それに、こんな状況に放りこまれたら、大抵の人間は僕と似たような反応をすると思う。


 ちなみに、僕を混乱の渦に落とし込んだ張本人は、手を差し伸べたまま悦に入った顔をしていた。感情が表に出やすい人のようで、「決まった!」と顔に書いてあった。

 何だか目の前の先輩のやり切った感が無性にイラッときて、僕の頭が急速に回り始める。


 一方、自己満足を終えたらしいその二年生は、差し出していた手で校舎の方を指さした。


「さあ、悠里君! 部長も待っているはずだから、早速、書籍部の部室へ行きましょう。案内するわ」


「いいえ、それには及びません」


 昇降口へ向かって歩き出そうとした二年の先輩へ、僕は拒否の意を込めて首を横に振った。

 二年生は不思議そうに立ち止まり、僕の顔を見る。きょとんとした顔は、あどけない感じでなかなかかわいらしい。


 ただ、何をどう勘違いしたのか、その顔はすぐに喜色満面に輝き始めた。

 嫌な予感がして僕が一歩下がると、彼女はそれを上回る勢いで詰め寄ってきた。


「すごいわ、悠里君! もう書籍部がどこにあるか知っていたのね。やっぱり私の目に間違いはなかったわ。あなたこそ、書籍部のエースになれる逸材よ!」


 興奮した様子で、早口に「すごい、すごい!」と連呼する二年生。彼女の斜め上を行く超理解に、僕は思わずずっこけた。


「部室を知っているなら話は早いわ。さあ、このまま顧問の先生のところへ、入部届を出しに行きましょう!」


「ああもう、違いますよ! さっきのは、『書籍部には入らない』って意味で言ったんです!」


 勝手に盛り上がって話を大きくする二年生へ、僕は負けずに声を大にして主張した。

 このままでは、僕の意思を完全無視したまま入部させられかねない。なので、はっきりと言葉にして拒絶する。

 すると、喜び飛び跳ねていた二年生は、一転してショックを受けた表情のまま固まってしまった。これが漫画なら、背後に「ガーン!」というオノマトペが表示されていることだろう。


「じゃあ、僕はこれで失礼します」


 若干の罪悪感を覚えつつも、茫然自失とした二年生を残し、その場から立ち去る。

 疲れているのに、さらに疲れることをしてしまった。深いため息をつきながら校門を出ようとする。

 その時、腰の辺りに何かがぶつかって来たような強い衝撃を受けた。


「……って、何やってんですか!」


 腰の衝撃の正体は、さっきの二年生だ。あろうことか彼女は、僕の腰にギュッとしがみついていた。抱きつかれた感触と温かさに、自然と頬が熱くなる。


「お、落ち着くのよ、悠里君! 早まってはいけないわ!」


「落ち着くのはあなたの方です! いいから、さっさと離れてください!」


「書籍部の初代部長は、現役の図書館司書よ。それに、他にも古典籍や書画の修復を行う会社に就職したOGもいるの。この人は私の知り合いだから、紹介してあげることもできるわ! 書籍部に入れば、きっとあなたの夢のプラスにもなるわよ!」


「人の話を聞けーっ!!」


 僕の言葉なんかこれっぽっちも聞かず、腰に抱きついたまま喚き立てる二年生。この人、もはや先輩然とした余裕やら何やらを色々かなぐり捨てて、手段を選ばず実力行使に出やがった。何が何でも逃がさないつもりなのか、より一層腕に力を込めてくる。


 何なんだよ、この人は!


 彼女を引き離そうと四苦八苦しつつ、思わず心の中で泣き言を漏らしてしまう。相手が女子とはいえ、腰に全力でしがみつかれたら、腕を外すのは難しい。ついでに言えば、僕は完全に文化系で腕力には自信がないんだ。ホント、誰か助けてくれ!


 救いを求め、勧誘街道の方へと目を向ける。

 けれど、これが更なる不幸の始まりだった。騒ぎを聞きつけ、近くの生徒たちも集まってきたのだ。それも、僕を助けるためではなく、おもしろそうな見世物を見物するために……。「なんだ、痴話喧嘩か?」「修羅場よ、修羅場!」という期待に満ちた声が聞こえてきて、僕は頬どころか全身が真っ赤になった。入学早々、公開処刑された気分だ。


 ともあれ、このままでは埒が明かない。僕は降参するように息を吐き、くっつき虫状態の二年生へ声を掛けた。


「わかりました。とりあえず逃げませんから、先輩も離れてください」


「……本当に? 本当に逃げない?」


「逃げません。逃げませんから離れてください。僕もいい加減、この視線に心が折れそうです」


「視線……?」


 抱きついた姿勢のまま、彼女は首を回して周囲の状況を確認する。そして、トマトのように顔を赤くして、ボンッと頭から湯気を吹いた。


「ご、ごごごごめんなさい! 私、つい……」


 パッと手を離し、彼女はササッと僕から距離を置いた。ようやく自分が如何にはしたないことをしていたか、察してくれたらしい。

 彼女が僕から離れると、興味を失ったのか、生徒たちは瞬く間に散っていった。

 これでやっと、人心地つける……と思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。


「では、気を取り直して……。ようこそ、浅場南高校書籍部へ。私は、あなたを歓迎するわ!」


 なんとこの二年生は、懲りずに同じことを繰り返してきやがった。立ち直りが早い上に、学習しない人だ。

 と思ったら、顔は赤いままだった。どうやらやせ我慢しているだけみたいだ。どうにか余裕の笑みを浮かべている彼女に、僕は呆れ交じりの声でこう尋ねた。


「先輩、何でそこまでして、僕をその書籍部とやらに入れたがるんですか? 一年生なら、他にもたくさんいるでしょうに」


「悠里君なら、すぐにうちの部に入ってくれるかな~って思って。書籍部って、ここ数年は毎年入部者ひとりずつの少数精鋭なのよね。だから今年はいっそのこと、こっちから狙い撃ちしてみようかなって思ったの」


 えへん、と先輩が胸を張る。すごくガキっぽい。

 先輩、それは少数精鋭ではなく、単に人気がないというのです。

 そんな言葉が喉元までせり上がってきたけど、現実を突きつけるのもかわいそうなので必死に飲み込んだ。


「そうですか、それは結構なことで。でも、僕が他の部の勧誘に乗っていたら、どうするつもりだったんですか?」


「それは大丈夫! 悠里君なら、他の部の勧誘にも負けずに書籍部のところまで来てくれるって信じていたから! 校門で待っていれば、すぐに姿を現すって思っていたわ」


 彼女の、僕への信頼が重たい。そんな穴だらけの作戦に、そこまでの期待を乗せて待ち伏せないでほしい。

 まあ事実、僕は他の部になびくことなく勧誘街道を抜けて、このおかしな二年生に捕捉されてしまったわけだが……。そう思うと、この変な先輩の思い通りに動いてしまったようで、何だか無性に腹が立つ。


「それはほら、悠里君って小学生の頃から司書志望だったでしょ。書籍部とも相性バッチリじゃない?」


「は? 先輩、何でそんなこと知ってんですか?」


「え? 何で知っているのかって、昔、悠里君が教えてくれて……」


「僕が……先輩に……?」


 頭にクエスチョンマークを浮かべながら首を傾げる。

 僕の態度に、二年生はなぜかカチンと凍りついてしまった。表情は笑顔のままだけど、顔色がどんどん青ざめていく。ついでに、雪山で遭難でもしたかのように、ガチガチと体を震わせていた。

 感情が表に出やすい人というのは、こういう時に便利だ。動揺しまくっていることが、手に取るようにわかる。

 そんな状態のまま、彼女は縋るような口調でこんなことを聞いてきた。

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