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君と交わした約束を僕は忘れない  作者: 日野 祐希
第三章 書架の暗号
16/40

1-1

 真菜さんへの取材を無事に終え、今年の文集作りは順調な滑り出しとなった。奈津美先輩が関わっているのに、ハプニングのない予定調和な進行……実に素晴らしいことだ。毎回こうだと助かるのに。


 ちなみに、ダンボール三箱分の修復は、意外なことに夕方にはすべて完了してしまった。

 これについては奈津美先輩の活躍も大きかったが、やはりMVPは真菜さんだろう。修復の仕上がり具合なら奈津美先輩も負けていないけど、速さが段違いだった。


「入社から半年間は、『まずは基本!』ってことで、ずっとこういう本を直していたからね。もう作業工程が体に染みついちゃっているんだ」


 そう言って、僕らがふたりで一冊を直している間に、真菜さんは二冊の本を直してしまっていた。

 これはもう、本職の面目躍如といったところだろう。さすがは日本有数の修復家が経営する会社の社員だ。経験値が違い過ぎて、恐れ入る。

 そんな話を帰りのバスでしていたら、奈津美先輩からジト目で見られた。


「悠里君、すっかり真菜さんに骨抜きね。鼻の下伸ばして、いやらしい」


「鼻の下なんか伸ばしてないですよ。客観的に見た、正当な評価です」


「どうだか。休憩中も私を除け者にして、なんかふたりで仲良く話していたし……。悠里君って、実は年上好きだったのね」


「別に、そんなことはないですよ」


 プイとそっぽ向いた先輩に、しっかりと弁明する。別に僕は、年上とか年下とかにこだわりはない。変な誤解をされては困る。


「第一、その理屈だと、先輩も対象に入っちゃうじゃないですか」


「ちょっと待ちなさい! 今の言い方じゃあ、まるで私が対象に入ったら困るみたいじゃない!」


「いや、それはその……ねぇ?」


「その仕草と言葉はどういう意味よ~!」


 目を泳がせながら言い淀んでいたら、奈津美先輩が突然キレた。僕の服の襟元を掴んで、ガクガクと前後に揺すってくる。


 だって奈津美先輩、恋愛対象というよりは手の掛かる姉みたいだし。でも、そんなこと言ったら、絶対怒るし。いや、言わなくてもこうして怒られたけど。もう、この人は本当に理不尽だ。


 結局この後、奈津美先輩はずっと機嫌が悪いままだった。何を怒っているのか知らないけれど、どうしてこうも子供っぽいかな、この人は。


          * * *


 で、そんなおそらくこれまでの人生で最も色濃かった夏休み初日から、一週間後。

 僕と奈津美先輩は、ふたりにとっての思い出の場所、市立図書館の前に立っていた。

 今日から三日間、僕らはここでボランティアを行うことになっている。OG訪問&職場体験のパート2だ。


「あ~、この図書館に来るのって、すごく久しぶり。小学生の頃に戻ったみたいで、ドキドキしちゃう」


 奈津美先輩は、久しぶりに来た市立図書館にテンションが高まっているご様子。先日の怒りなんかすっかり忘れ、大いにはしゃいでいる。

 もっとも、かく言う僕も、少し気分が高揚している。奈津美先輩とふたりで市立図書館に来ると、やはりここが自分にとっての原点で、大切な場所なのだとわかるからだ。


「それじゃあ悠里君、張り切っていきましょう!」


「はい!」


 ふたり揃って、図書館の自動扉をくぐる。とりあえず貸出カウンターへ行って来意を告げると、奥からふたりの男女が出てきた。


「よう、悠里。よく来たな」


「叔父さん、ご無沙汰してます」


 男性の方が、気さくな笑みを浮かべながら、僕に向かって手を上げる。

 一ノ瀬(いちのせ)修二(しゅうじ)。僕の叔父で、浅場市立図書館サービス課の課長を務める現役の図書館司書だ。

 今回の職場体験では、書籍部からの依頼に対して図書館側の許可を取り付けてくれるなど、すでに色々と協力してくれている。


「今回は本当にありがとう。僕らの部の企画に協力してくれて」


「なーに、気にするな。こういうのは、持ちつ持たれつだ。こっちも、忙しい時期に気兼ねなくタダでこき使えるボランティアは、有り難い限りだからな!」


 叔父さんが、僕の背中をバンバン叩く。明け透けで裏表のない人なのだ。僕も、叔父さんのそういうフランクなところに憧れている。僕が司書を目指そうと思ったのだって、元を正せば叔父さんと同じ職業に就きたかったからだ。ある意味、僕にとって理想の人物と言える。


「一ノ瀬さん、お久しぶりです。今日から三日間、お世話になります」


「おお、奈津美ちゃんか。大きくなったね。栃折先生はお元気かな?」


「ええ。今日も『一ノ瀬さんたちに迷惑を掛けないように』ときつく申し付けられました」


「いやいや、こちらこそ栃折先生にはお世話になりっぱなしだからね。今回は、精一杯協力させてもらうよ」


「どうもありがとうございます」


 奈津美先輩が、楚々と微笑む。見た目だけなら良いところのお嬢さんといった感じの人だから、こういう仕草は本当によく似合う。はっきり言って、可憐だ。

 もっとも、僕の感想は「先輩、猫被っているなぁ~」だけれども……。まあ、突飛な行動を起こされるよりもましだから、このまま最後まで猫被りを貫いてもらおう。


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