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君と交わした約束を僕は忘れない  作者: 日野 祐希
第二章 書籍部の先輩
13/40

3-2

          * * *


「さあふたりとも、入って入って! 今日は会社お休みだから他の社員はいないし、遠慮しないでいいよ」


 真菜さんが、どうにか精神を持ち直した僕らを会社内へと案内する。

 会社の中は、見たことがあるものから見たことがないものまで、様々な道具で溢れていた。

 ただし、散らかっているわけではない。使い込まれたと見える道具はきちんと整理され、理路整然と並べられていた。


 正に職人たちの仕事場。空気がピンと張り詰めているように感じ、立っているだけで気が引き締まっていく。

 けれど、そこに坂野先生の姿はなかった。


「あの、真菜さん。坂野先生は、どちらにいらっしゃるんですか?」


「あ~……。社長ね、今日いないの。急な用事で、今は東京の大学」


 誰もいないことを不思議に思ったのだろう。奈津美先輩が首を傾げながら聞くと、真菜さんは「ごめんね」と形の良い眉をハの字にした。


「なんかね、その大学に今、アメリカの有名な絵画修復家が来ているんですって。で、その修復家さんと社長って古い知り合いみたいでね。大学の方が気を利かせて、社長に『来ませんか?』って声を掛けてくれたらしいの。社長ったら、大喜びで飛んで行っちゃった」


「あはは。それじゃあ、仕方ないですね」


 やれやれといった仕草をする真菜さんに、奈津美先輩がふわりと微笑む。

 僕も同感だ。坂野先生に会えないのは残念だけど、そういう事情なら仕方ない。


「社長、『奈津美ちゃんたちによろしく』って言っていたわ。『今日の埋め合わせは、いずれ必ずします』だって」


「それじゃあ、『楽しみにしています!』って坂野先生に伝えてください」


 なんか奈津美先輩が、あっさりと次の約束(?)を取り付けた。こういう時に遠慮しない精神は、本当に羨ましい。

 あと今の約束って、僕も対象に含まれているのかな。できれば僕も、坂野先生に会ってみたいんだけど……。あとで奈津美先輩に確認しておこう。


「そんなわけで、今日は私ひとりなんだけど……取材って、私だけでも大丈夫かな?」


「ああ、それは問題ありません。元々、書籍部OGである真菜さんに話を聞く企画ですから。――そうですよね、先輩?」


「ええ。今回の記事の主役は、真菜さんですから!」


 僕が話を振ると、奈津美先輩はビシッとサムズアップしてきた。そのポーズは微妙にセンスが悪いというか、古いような気が……。ただ、奈津美先輩がやると妙に似合うのはなぜだろう。


「そっか。じゃあ、早速始めようか」


 真菜さんが、僕らに「ついておいで~」と手招きする。


「まずは社内を案内してあげるね。それが終わったら、お昼を食べに行こう。私に聞きたいことがあれば、その時に話してあげるよ」


「は~い! お願いしま~す!」


「よろしくお願いします」


 奈津美先輩がスキップするように真菜さんの後に続き、僕が最後尾につく。

 真菜さんは社内を案内しながら、様々な道具を紹介してくれた。


 修復に使う道具は多種多様。刷毛や筆ひとつとってみても、用途によっていくつも種類があった。その使い分けまで、真菜さんは丁寧にわかりやすく説明してくれる。

 真菜さんは自分のことを〝見習い〟と言っていたけど、その説明は堂に入っている。修理の工程や道具の用途を熟知した、プロのしゃべり方だ。端的に言って、興味深いし、おもしろい。


 そのおもしろい話を少しでも形に残しておこうと、僕らは真菜さんの話をメモするのに必死だ。特に奈津美先輩はこの取材記事の担当だから、これまで見たこともないくらい真剣な表情でペンを動かしている。この集中力を勉強で発揮すれば、赤点や補修から普通に逃れられるのではないか、と真剣に思った。


 と、そこで僕はふと気になったことを奈津美先輩に聞いてみた。


「そういえば、先輩は製本をやっているんですから、修理の方面もそれなりに知っているんじゃないですか?」


「そうでもないわ。私は西洋製本ばかりだから、それ以外の修理はそれほど詳しくないの。だから、真菜さんの話は新鮮でおもしろいわ。何だか新境地でも開けてきそうな気分よ」


 今度、和装本や掛け軸にでも挑戦してみようかしら。なんて言いながら、奈津美先輩はメモを取り続ける。その黒い瞳はキラキラ輝いていて、活力に満ち溢れていた。


 いつもはちゃらんぽらんな人だけど、好きなことに打ち込んでいる時だけは本当に眩しい。この人は、やっぱりあの〝奈津美ちゃん〟なんだなって思う。一心不乱にメモを取るその姿に昔の記憶を重ね、思わず懐かしい気分に浸ってしまった。


 すると、僕の視線に気づいた奈津美先輩が不思議そうに首を傾げた。


「悠里君、どうかしたの?」


「何でもないですよ。それよりも、どんどんメモを取ってください。この記事は、先輩のメモにかかっているんですから」


「任せといて。書籍部部長の名は伊達じゃないってところを見せてあげるから!」


 自信満々にウィンクし、奈津美先輩はまた取材メモ作りに没頭する。

 僕も、今は素直に「その意気です」とエールを送った。


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