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両手を繋いで歩いた

暴力的な表現があります。

苦手な方はご注意ください。

 まるで窮地に立たされた罪人のようだとウルは思う。

 謁見の間。玉座に王が座り、その隣に王妃が腰掛ける。

 銀に輝く髪を結い上げ、嫋やかに微笑んでいるが王妃の眼光は蛇のように鋭い。

 今日は寝込まなくても大丈夫な情緒なのだろうか。

「ウル、ウル。あぁ、今日もなんて可愛らしくて愛しいの。どうしてそんな遠くにいるのかしら。もっと母の近くへ来て、貴方からわたくしの方へ来て」

「王妃、少し黙っていてくれないか」

「そんなにわたくしを見つめて…。ウルってば本当に母のことが好きなのね。でも当然よね、わたくしも貴方のことがとても好きだもの。ずっとずーっとウルのことばかり考えているのよ。本当よ? ふふふふ」

 大丈夫じゃなかった。

 父の窘める声など全く耳に入っていない。恍惚とした表情でウルと同じ真紅の瞳を蕩けさせ、相変わらず強烈な愛情をぶち当ててくる。

 弟達が心底嫌悪しているその歪んだ塊をウルは笑って受け流した。サービスでほんのり照れ臭そうにしておくと、母は薔薇色に染まった頬に両手をあてて身悶えた。

 父からの視線が痛い。目で語らず口を使って欲しいものだ。

「ねえウル、何日か前に暗殺者に襲撃されたと聞いたけれど、それは本当?」

 国王より早く切り出してきた王妃の瞳孔が開ききっている。さっきまで恍惚としていたのにこの変わり様である。振り幅が激しい。

「誰から聞いたんですか?」

「ジュライよ。貴方との会話は全て報告するようにいっているの。教育係ってそういうものでしょ?」

「そうなんですね」

 否定も肯定もしない。それが最適な答であるとウルは学んでいる。

 母が発言するにつれ、父の渋面がどんどん濃くなっていく。

「貴方のことだから、何か考えがあってのことなのだろうけれど、黙っているのはよくないわ。ちゃんとわたくしに教えてね」

「はい。母上」

 いい子ね、と頷いた母は今度は上機嫌になりながら父へ進言した。

「ウルが危険なことも安全に出来るようにわたくし達が見守らなきゃ。あの子の意志を妨げるものは許さないわ」

「…そなたの言い分はよく分かった。後は私からウルに話そう。体に障る、もう下がりなさい」

 意訳。邪魔だから部屋に帰れ。

 王妃がこてりと首を傾げた。ウルがよくやる仕草である。

「貴方もウルに伝えたいことがあったのね。わたくしが代わりに聞いてあげますから、どうぞ仰って下さい」

 先に音を上げたのは国王の方であった。

 支離滅裂過ぎて相手にしたくないと彼女を払い除けるように手を振り、待機していた近衛兵を呼んだ。

 どうやら強制的に退場させるらしい。

「自分の部屋に戻って静かに寝ていろ」

「? わたくしはいつも静かですわ」

 心底不思議そうにしながらも母が立ち去っていくと、彼女がいなくなった謁見の間で父が悪態をつきながら舌打ちをした。アノンにそっくりだなとウルは思った。

 緋色の髪をかきあげ、黄金の瞳で射抜いてくるところなんかも似ている。

「あれをなんだと思う?」

「母上ですね」

「ただの気狂いだ」

 王は足を組むことで気を取り直した。

「レヌとアノンが手子摺っている。助けてやれ」

「それは仕事ですか」

「ああ。お前のことだ、城でじっとしているのも退屈だろう。どうやら、子供なのは見た目だけのようだしな」

 幽体離脱のことは誰にも言っていないし、この先誰かに言うつもりもウルにはない。

 だから特に発することなく、お得意の微笑みを浮かべるだけに留めた。

「彼等の喧嘩が近頃多くなったのはそのせいですね」

 レヌは騎士団に勤めており、王直属の部隊に属している。

 アノンは宰相紛いのことをしていて、外交やら治安やらの政治に携わっている文官だ。

 そんな二人の衝突が強くなったのはまだ記憶に新しい。五杯目までココアを持ってきたアノンに対し、計算も出来ないのか木偶の坊めとレヌが罵ったあの日より少し前である。

 じゃれ合いの範疇を軽く飛び越え、とうとう殴り合いにまでなったのだと王は告げる。

 アノンが不利だと思いきやそんなことはない。彼は過激武闘派文官である。最終的には互いに泡を吹いて倒れたらしい。

 拳で語りすぎではないだろうか。

「陛下から忠告すれば聞く耳を持つと思いますが」

「あれのように嫌われたくない。私は放任主義だ」

 それで言葉足らずになっているというのに。

 ただでさえ表情の変化に乏しい人が口数も少なくなってしまえば、冷血と印象付けられて当然である。

 懐きにくい。子供に好かれないタイプだ。

「詳しい話は二人から聞け。任せたぞ」

「任されたぞ」

「……」

 ちょっとした悪ふざけだからそんな顔をしないで欲しい。



***



 人集りが綺麗に左右に割れていく。

 王都の南東。城からも左程遠くない場所にある港へ行くため歩いている最中なのだが、王太子が三人揃っているものだから目立たない訳がない。ましてや色々と話題になっているウルもいるのだ。小さな子供に「こどもだ!!」と興奮したように叫ばれた。面白かった。

 なるべく落ち着いた服装を装ってはきたが果たして意味はあるのだろうか。少し離れた所に護衛の集団もいる。

「兄上疲れたの? おれが抱き上げてあげよっか」

「あーあ、なんか足が痛えなあ。おんぶしてくれよレヌ」

「這えよ」

 頭上で行き交う刺々しいやり取りを耳にした女性が驚いたように二人を見比べている。

 黙っていれば上品なのだ。気持ちは分かる。

「それで、さっき捕まえたという海賊は?」

「縛り付けて小屋に隔離してあるよ」

 アストリア国の貿易船だけを狙い、海賊が襲撃する事案が頻繁に報告されているらしい。

 第三者の意図的な仕業であると推測し、黒幕を引きずり出そうとしているのだがどうにも上手くいかないのだとか。

「海賊の奴ら、民族語を使っていて言葉が通じないんだ。話を聞こうにも聞けないんだよね」

 それもごく一部の島国でしか使われていない言語で、通訳出来る人間を探してもなかなか見つからないらしい。

 捕らえた海賊全員が世界共通語を理解できない。牢にいる人数含め三桁にもなるというのに、それは疑いを持っていいだろう。

 賑わう港の奥。場違いな甲冑を身につけた騎士団の人間が門番よろしく小屋の前に立っている。

 中に入ると六人の海賊が手足と口を縛られ、目隠しもされている。

 アノンに指示をだし、一人だけ口を解放させる。

 途端に捲し立てられる言葉は確かに異国のものだ。

「何をしてもずっとこんな感じ。僕達も困ってるんだ」

「ふうーん」

 まじまじと見下ろして顎に指を添える。

「多く狙われてたのは?」

「宝石と食料船。あとは薬草とか衣類とか工芸品。統一がねえんだよなあ」

 ウルとアノンが情報を共有する傍ら、レヌは邪魔をしては悪いと思ったのか会話に参加せずひたすら海賊を蹴り飛ばしている。やめろと言ったら踏み潰し始めた。くぐもった呻き声を楽しそうに聞いている。

「レヌ、退いて。あとそいつの目隠しも外して」

「はーい」

 ウルはしゃがみ込みむと海賊の目を見て一方的に喋り始めた。

「裏で糸を引いている人間がいるなら、その人間は君達の言葉を理解出来ている、あるいは出来る手段を持っているというわけだ」

 ウルを睨みつけている海賊の表情に変化はない。

 アノンとレヌが瞬きもせずウルを見つめているが、こっちじゃなくて海賊の方を見て欲しい。

「おはよう、ありがとう、はじめまして」

 なにやら鬼の形相で言い返してくる。レヌが気絶しない程度に顎を蹴り飛ばした。鼻血が出てる。痛そう。

「金、医者、商人、貴族、約束。あとはそうだな…」

「いーさ!!」

 拙くともはっきりと海賊が叫んだ。その後に続く言葉は異国語だが必死にウルに何かを訴えている。

「医者」

「っ、いーさ!」

「そうか」

「兄上?」

 再び目隠しと口を縛り終えると、ウル達は小屋を出た。

「じゃあ、医療連盟協会に行こうか」

 弟達がきょとんとしている。可愛い。

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