「五杯目まで持ってきたよ」
夜は何時だって静かに寄り添ってくる。
例え、庭園に備えられたガーデンチェアで男二人が言い争いをしていたとしても、それは変わらない。
洒落たことをしようと夜の散歩に足を運べば、一人また一人といつの間にか増えていた。
レヌとアノンが嫌味の応酬を続ける中、ウルは温かいココアを飲んで一息つく。
「お前らのせいでこっちの睡眠時間まで削られてんの。分かる?」
「良案も出せない癖に威張らないでよね。そうやっておれ達を責めるのは無責任なんじゃないのかな」
アノンが吐き捨て、レヌが毒突く。
両者共に笑顔なのが性格の悪さを表している。
「おにーさまは弟のために身を粉にするのが愛だろうが」
「ざーんねん、おれ、屑って嫌いなんだよね。自分の品性まで落ちそうだもん」
「最初からないもんをどうやって落とすんだよ」
言い合いは小さな丸テーブルの下で、互いの足の脛をガツガツと蹴り合うところにまで発展した。
「君達はどうしてすぐ喧嘩するんだ? 昔は仲良くしていたのに」
何がきっかけでこんなに擦れたと言うのか。ウルは純粋に首を傾げた。
「すかした顔がむかつく」
「無駄にプライドが高くて面倒くさい」
指を指しながら主張するタイミングもぴったりである。
それさえも気に入らないのか、アノンが舌を打った。
「あーあ、品性だとか人のこと言えない…」
「うぜえ」
「おれじゃなくて元は君が」
「うぜえ」
「そうやって直ぐ癇癪を起こ」
「うぜえ!」
ふん! とアノンがそっぽを向く。レヌはまた始まったと呆れたように肩を竦めた。
こうなってしまえば何を言っても「うぜえ」としか返さなくなる。いじけ方が幼女のようだ。
以前、こうなったアノンに興味本位でちょっかいを出したレヌだが、右手首の骨が折れた。ミシリと折れた。
そして地を這う声で「殺すぞ」と脅されもした。
もはや犯罪者である。
これは早いうちに離れた方が良さそうだと判断したレヌだったが、ウルのとった予想外の行動にぎょっとして腰が落ちかけた。
彼は癇癪を起こしたアノンの膝の上に向き合うようにして座り、偉ぶって両腕を組んだのだ。
唖然とするレヌとは対照的に、アノンは何処までも感情の読めない顔でじっとウルを捉えている。
「ココアが足りない、おかわり」
「すぐ持ってくる」
アノンがさっとウルを元のイスに戻すと、二杯目のココアを取りに厨房へ消えた。
何事もなかったかのように星空を眺める長男。
はっと正気にもどった次男が恐る恐る、本当に恐る恐る兄に問い質した。
「なにしてんの?」
「子が親に強請る時にしていたのを見たことがあったから、真似てみたんだ」
「いや、だからってよくアノンに出来るね兄上」
「立って抱っこするか、座って抱っこするかの違いでしかないじゃないか」
「そういうものなの?」
絶対違うと思う。
内心で嘯く。
口をへの字に曲げながら、ほけほけと笑っているウルに文句を垂れる。
「兄上ってば目覚めてから自由さに拍車がかかったよね。子供だけどお爺ちゃんっぽく感じる時もあるし」
「ミステリアスで格好いいだろ」
「なよっちくて目が離せないしひょろひょろしてるから飛ばされそう。すごく心配」
「…ん?」
断言され、ウルはなんとなく自分の腹部を見下ろした。
「割らなくていいから」
筋肉を補えばいいという話ではないらしい。
そもそも、こうなった体を鍛えたところで変化はあるのだろうか。
ないだろうな。
「歩かせるのも起き上がらせるのも心配なんだよね。ずっとおれが背負ってお世話できたらいいのに」
ウルはレヌに母親の片鱗をみた。血は争えないとはこういうことか。
危うい発言を受けておいて暢気にしているウルも同類ではあるが、心配をかけるのはよくないと真っ当な思考もちゃんとある。
「傍にいてぼくのことを見張っていればいい」
ただ、それに対しての言動が特殊なのである。
なにやらざわついた雰囲気のレヌには気にもとめず、二杯目のココアはまだか遅いぞと頬を膨らませる。
「見張りとかしないよ、おれ。あの女と一緒になるじゃん」
「…母上のことか」
あからさまに不機嫌になったレヌが鼻を鳴らす。
幼い頃から身辺を徹底的に管理されてきたのだ。家族の情とは別に蓄積された嫌悪は簡単に消えはしない。
「おれはただ、ずっと一緒にいてお世話して食事の管理とかもして。尽くしたいんだよ」
「ふうん」
「なんでも言って。なんでもするから。兄上が望むことを叶えられる位には頼りになる弟だよ、おれ」
「自分の時間も大切にしなさい」
サイコパスをデコピンではね除けた。
「その上で存分に尽くせ」
直ぐに新たな狂気を生み出した。
この弟にしてこの兄ありである。