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厩舎の鍵が強固になっていた

 家族との感動の再会はどれをとってもはちゃめちゃだった。

 大切な王冠を何処かへ吹っ飛ばしながら駆け付けてくれた父は草臥れた商人よりも頬が瘦けて不健康そうだったし、もう1人の弟はハイライトが消えた死人の目をしていて恐かった。

 ちなみに今は溢れんばかりの生気に彩られ月のように輝いている。

 泣いて笑って叫んで笑ってまた泣いていた母の情緒が1番酷かったかもしれない。

 あの時はまだ赤ん坊だった末っ子長女はおどおどしながらもウルの指をきゅっと握ってきて大いに癒された。可愛い。

 しかしそれ程長い時間ではなかったにも関わらず、垣間見えた家族間の不仲に『噂』の原因の一端はこれかと察する。

 顔中からありとあらゆる液体を垂れ流し、土下座しながらウルの目覚めを喜んだ自称信者と言い張る執事から、分かる範囲での詳細を聞きこれはめんど…ごほん、大変なことになっているなと自室で横になりながら思いを馳せた。人はそれを現実逃避と呼ぶ。

「兄上どうしたの?遠い目なんかして。ただでさえ儚い雰囲気に拍車がかかってるよ」

「君のせいだぞレヌ」

「おれ? おれのせいで悩んでるの?」

「ウキウキするんじゃない、腹黒め」

 三日月に細まった黄金の瞳に緋色の髪がふわりと揺れて影を落とす。

 洗練された高貴なオーラも喋った途端台無しである。

「…レヌ、自分が陰でなんと言われているか知ってるか」

「ベビーフェイスなサイコパスでしょ?ほめてんのか貶してんのかわっかんないよね」

「それを知ってしまった時のぼくの気持ちを考えろ」

「兄上何言ってるの?気持ちは考えるものじゃなくて潰すものだよ」

「お前こそ何言ってるんだ」

 彼が次期国王となるのか。なんか強そう。

 こんな状態になってしまった自分が再び表舞台に立てるかも分からない以上、弟達にがんばってもらわなければいけないのだが、いかせん問題が山のようにある。

 だがまあ、うん。なんとかなるだろ。


***


 20年生きてきたレヌの記憶の中で、鮮烈な印象を残しているものがある。それは彼の性格やら価値観やら果ては倫理にまで影響を及ぼしているのだが、何よりも恐ろしいのはレヌ本人が自覚していることだ。

 おれはおかしい。

 でも、おかしいのがおれだ。

 誰にだって踏み入ることを躊躇う境界線というものがある。

 ここは危険だとブレーキを踏んで、自分の命を大切に両手で包みながら背を向けるその領域を、高笑いしながら進んでいける人間がレヌである。

 まだ幼かったレヌの心に深く刻まれた傷は癒えることなく、そのまま成長し歪んでしまった彼のことを周囲の人間は得体のしれない者として、相反れない者として、一歩どころか百歩も離れた場所からチラチラと見ているのだ。

 そんなレヌの至近距離に立ち、真っ正面から顔を合わせてくれる家族は確かにかけがえのないものだ。だからこそまだまともでいられる部分がある。

 血の海に沈むあの兄の姿を、もう二度と見たくはない。今度は本当に壊れてしまうかもしれないから。

 呆れた眼差しを向けてくるウルにぺかーっと笑ってみせる。どうだ、無邪気だろう。

「やり直し」

「は?」

「愛が足りない。やり直し」

 レヌは思った。何言ってんだこの人。

「兄さんへの愛を語ればいいの?大丈夫?一週間は必要になるけど」

「足りない」

「え」

「というか、お前にも家族愛みたいなのが存在するんだな。もっと人でなしになったのかと思ったぞ次代のおーさま」

「え」

 嬉しそうなウルとは反対にレヌは呆気にとられて口が半開きになっている。

 第三者がもしこの場にいたら驚きで仰け反りながら思ったことだろう。

 この長男が一番やばいかもしれない、と。

「それにしてもずっと部屋にいるのも退屈だな。よし、散歩しよう」

「…なんでおれに向かって両手を広げてくるの」

「はこべ」

「独裁者め」

 よっと軽くウルの体を持ち上げて、左腕に乗せるようにしてバランスの安定をはかる。

 その重さになんとも言えない気持ちになり、踏み出す一歩にぎこちなさが混ざった。

「どこ行く? あんまり遠くは無理だけど」

 意識せずとも声音が優しくなる自分が愉快でならない。何処ぞの優男のようではないか。

「そうだな。とりあえず歩け」

 仰せのままに。

 風化した記憶に少しずつ色が戻ってくる。

 横暴と言えばそれまでだが、従えることに緊張も気後れも躊躇いもないその当然たる振る舞い。

 ウルは昔からこうだった。

 見上げれば首が痛くなりそうなほどの大人達に囲まれても、いつだって場を掌握し自分の色に染めてしまう。

 言葉ではなく、存在で語れる人。カリスマの塊。

 これ以上王に相応しいものなどありはしない。

 そもそもあんないかにも高貴ですと主張しているような王冠、おれの趣味じゃない。

 私欲に溺れ無様な姿を晒しみっともなく許しを請う害虫共の首を…

「なにをにやにやしているんだ?」

「んー、あの時もそうだったよなあと思ってさ」 

「今誤魔化したな」

 いやなんで分かるの。



***



 王城なんて美しく装飾されただけの鳥籠だ。

 与えられるままに生き、時に死ぬ。

 ただの市民に生まれたかったとレヌは思う。そこそこの爵位でふんぞり返っていられる貴族でもいい。

 しかし現実は頂点だ。てっぺんだ。王族だ。

 スペアな分だけまだましだが、それでも雁字搦めにされる日々に嫌気がさす。

 秒刻みで詰め込まれる予定、1分1分を管理されて常に誰かの目と気配が纏わり付く不快感。

 ここには自由がない。自由が欲しい。

 雪のようにしんしんと、しかし溶けることなく降り積もった欲求はやがて雪崩となって押し寄せる。

 自分ではもう制御出来ないところまできていた。

 だから吐き出した。どうにもならないことだと分かっていたのに。なのに。

「いいんじゃないか?」

「…え?」

「君の好きなようにしたらいい。家を焼くのも港を半壊させるのも街に大きな落とし穴を作るのも全部、君の好きにしたらいい」

「おれを犯罪者にしたいの?」

 輝かしい笑顔でゴーサインを出した兄の例え話は、何故かとても物騒なものばかりであった。

「でも父上と母上が…」

「自分の主導権は自分にある」

 レヌはウルを見上げた。

「だが最初の一歩というのは勇気がいるものだ。よってぼくも手伝おう」

 頼もしい。本当に、どうしてこうも堂々としていられるのだろう。甘ったれで弱々しい自分とは大違いだ。

 この時のレヌは真面目で品行方正な、ある意味子供らしくない大人しい性格をしていた。

 両親の言うことが絶対であった彼にとってそれに逆らうことがどれ程恐ろしいか。それ故に雁字搦めとなってしまったのだから悪循環でしかない。

 きっかけを。壊すためのきっかけを。

 期待した。せずにはいられなかった。心強い言葉をくれた兄がいれば、自分も少しは強くなれるんじゃないかと前向きになれたのだ。

「要は伝えることが大切なんだ。派手にやろう」

「兄上?」

 にやりと悪徳笑ったウルにつられてなんとなく口角をあげてみるが頭上は疑問符で一杯だ。

「明日の日の出、厩舎に集合な」

「え、あ、うん」


 翌日、厩舎で飼われている何百何十万という大量の鶏や馬や牛を城中に放逐させ、反抗期だと高らかに宣告したウルはどう考えてもやばい奴であった。

 慌てふためく使用人と言葉無く愕然とする両親の後ろを馬が走り牛が歩く。

 後にサイコパスと呼ばれるレヌの土台は、こうやって築き上げられたのかもしれない。



***



「あの時の衝撃は凄かった。兄上破天荒だったよね」

「君は少し引っ込み思案だったな。まあ、今はちゃんと自己主張が出来るようになったみたいだから、多少の問題くらい良しとするか。喜ばしいぞ」

「あっはっは!」

 また始まるのだ。あの心底楽しい日々が返ってくるのだ。

 小さな体を抱き直し、レヌは満足げに目を細めた。

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