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そして扉に頭をぶつける

 十年という月日は長いようで短い。

 少なくとも、ウルにとってはそうだった。

 風に乗り好奇心が赴くまま幾多の国を探索した日々は、幽体でしか味わえない貴重な体験の毎日であった。

 中でも古代竜と出会ったことが一番の収穫だ。

 できればもう少し、今度は海底をと思っていた矢先に聞こえてきた噂。


─アストリア国が滅ぶのも時間の問題だ


 信じられない。信じたくない。

 真相を確かめるためにウルは十年ぶりに母国へと戻ってきた。

 自分の「体」がどうなっているかという後回しにし続けてきた問題にも顔を向ける時がきたのだ。

 まあ、大体予想はしているが。

 おそらく用意されている答えは二つ。消滅か、生還か。向き合うということは、訪れるかもしれない自分の死をこちらから両手を広げて迎えにいかなければならないのだ。

 はじめこそ感動していた空中遊泳も、今となってはすっかり移動手段の常習となってしまった。

 しかし、これも今日で最後になるかもしれない。

─帰ってきた。十年ぶりの祖国だ

 以前程の活気さはないが、それでもまだ多くの人々で王都は彩られ、滅亡とは遠いように見える。

 穏やかな国民性そのままに、どこかゆったりとした時間が流れていた。

 何を根拠にあのようなウワサが広まったのか。気になるが、それよりもまずウルがやらなければいけないこと…。



 城へ降り立ち自室を目指す。すれ違う執事やメイドの中に懐かしい顔ぶれを見つける。誰もが皆、老いていた。

「違うのはぼくだけか」

 ウルの見た目は倒れた時のまま、十三歳で時を止めている。幽体なのだから当然といえば当然だが、魂の抜けた本体の方も当時の姿形で残っているのだから驚いた。小さく上下する胸元からかろうじて生きていることは分かる。

 やたらチカチカする銀色の髪も伸びている風ではないし、爪の長さだって何一つ変わっていない。時が止まっているとしか説明がつかないのだが、ぼくは不老にでもなったのだろうか。

 我が身ながら不思議だ。盛られた毒を後で調べてみよう。ひょっとしたら竜の血が混ざっていたのかもしれない。

 というかこれ、どうやって戻るんだ?

 まずもってそこからである。息を吹きかけてみたり隣で寝そべったりしてみるが、特にこれといった変化はない。いい加減目を覚ませと額を叩こうとしても案の定すり抜けてしまう。

 どうしたものかと腕を組んで考える。

 結論。

 どうしようもない。

 ちょっと潔すぎるだろうという答えをウルが弾き出した時、乱暴な音を立てて部屋の扉が開かれた。それだけで来訪者が不機嫌だと分かる程にだ。

 しかし入室してくる者を認めたウルの目が丸くなる。

 ふわりと揺れる緋色の髪にかがやく瞳は黄金。

 少年のあどけなさを残しながらも凛々しく成長した弟がそこにいた。

「…アノン」

 大きくなった、今は十六歳程だろうか。ピーピー泣きながらウルの後ろにひっつき、服の裾をひしりと握って離さなかった可愛い子犬が、昏睡状態の兄である自分より年上になったのだ。

 全くもってややこしい。

 しかしややこしいの一つで自身の感情に整理をつけてしまうウルがおかしいのである。

「兄上、聞いてくれ」

 不機嫌な顔とは裏腹にアノンはそっと寝台の淵に腰を下ろした。

「クソ兄貴がまたやらかした」

 クソ兄貴って誰だ。

 三男のアノンより上となると思い当たるのは長男の自分ともう1人、次男となるわけだが。

 いやでも君達仲良かったよな。いつもわちゃわちゃしていたよな。

 喧嘩でもしたのだろうか。それにしたってアノンから吐き出される暴言罵倒は苛烈なものが多い。王族としての品性を疑うようなことまで平然と言うものだから、余程の鬱憤がたまっているとみえる。

「今度奴とすれ違ったら剣の柄で目を潰してやる。大丈夫、うまくやるよ」

「やらなくていいから」

 なんだか目眩がしてきてふっと意識が遠くなる。

 だがすぐに今度は全身が鉛のように重くなった。

 その不快さに無理矢理瞼をこじ開ける。真っ先に飛び込んできたのは天使が描かれた天井だった…天井?

 すいっと眼球を滑らせたら今度は弟の背中が見える。

 どうやら『戻った』らしい。何の前触れもない。唐突のことであった。

「あんなやつよりも僕の方が…」

「アノン」

 んばっ!と音がしそうな勢いでアノンが振り返る。

 少し腰も浮いていて、その食い気味な反応に笑いが漏れた。

「ふふ」

「あ、あに、あにっ…!」

「いい子にしてたか?」

「なん、え、ほんとに…」

 じんわりと涙が溜まっていく黄金の瞳。それが感動なのか、はたまた瞬きを忘れてしまっているがゆえの生理的反応なのか、どちらだろうと至極どうでもいいことを抱く。

 呑気なウルに対し呆然とした顔を晒し続けているアノン。せっかくの端整な顔立ちが台無しである。

 ほんのりと色を宿したウルの頬に、震える指先がそっと伸ばされてその温度を確かめた。

 温かい。生きている。

 何度も確かめて、かみ締めて、実感して。

「…心配をかけて悪かった。もう大丈夫だから泣かないでくれ」

「ないてなんかない」

「…水が飲みたい、あと父上にも報告を頼む」

「わかったよあにうえ」

 夢見心地のようなふわふわとした返事が返ってきた。

 この子、大丈夫だろうか。

 立ち上がってふらふらと歩き出すアノンにウルは思うのであった。

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