温度差からはじまる
リハビリのためのリハビリが必要なことを知りました。更新は不定期です。
「困った」
人が行き来する街道の真ん中で、ウルは思案にくれていた。
その体は透けて向こう側が見えており、すれ違う男女が彼の体を文字通りすり抜けていく。
騒ぎが起きるには十分過ぎる奇怪な光景だが、悲鳴の一つも上がらないどころか、最初から少年の姿が見えていないかのように各々の日常を過ごしている。
「とても困った」
微笑みだけで崇拝者を作ってしまう程の美麗な顔立ちが、注意深く周囲を観察していた。
王族にとって、暗殺とは非常に身近な脅威である。実際、それによって命を落とした者も多い。アストリア国の第一王子であるウルもまた、そのうちの一人であった。
体内へ忍び込んだ毒が彼の命を食い散らかし、奈落の底へと引きずり落としたのだ。しかし、こうして過去に思いを馳せることは生者にしかできないことだが、なぜ亡者であるウルにもできているのか。
実のところ、死んだと思ったら、死んでいなかったのである。
雪のように白く透けてしまいそうな肌はまるで少女のようだと心ない貴族によく比喩られていたが、本当に透けてしまうなんて一体誰が想像出来ただろう。
苦しみから解放された瞬間、ウルは幽体となり見知らぬ国の街道に佇んでいたのだ。
齢十三で幽体離脱。
ふむ、と頷き事を受け止める。
この異常なまでの沈着冷静さが周囲の度肝を抜き深みへと嵌まらせていく根源になっているのだが、同時に、不気味なモノとして一部から畏怖されていた。
本人は図太いだけだと実にあっけからんとしているが、その図太さが今回もいかんなく発揮された。
「そうだ、旅に出よう」
とまあ、ウルが斜め上をいく結論をだした頃、アストリア国の王城では、深い悲しみに満ちていた。
青白い顔で寝台に横たわる我が子の様子に王妃は悲鳴をあげて泣き崩れ、国王も一人の父として怒りに身を震わせていた。
ウルが口にしたスープに含まれていた毒は魔女の秘薬と呼ばれる物で、はるか昔に絶滅したとされる竜の血を元に作るため、現在では制作不可能とされる太古の産物である。
入手経路は謎だが、幸いにもウルが飲み込んだのがごく少量であったためなんとか一命を取り留めることはできた。しかし油断ならない状況が続いていた。
ぐつぐつと煮え立ち熱を増す激情に呑まれながら、王は静かにウルの手を握る。
冷たい手だ。
鳥肌が立つ。
「……」
必ず、この子を助けなければ。
それこそ、何を犠牲にしても。