鷹村小夜との出会い
よろしくお願いします。
しまった。蘇芳は人には見えないのだ。これでは千恵が独り言を言っているようにしか見えない。
「あのね、鷹村さん……」
「この男の人って、谷原さんの彼氏? すごくカッコいいね」
「え?」
小夜は頰を染めて蘇芳に見惚れている。千恵は呆然と呟いた。
「何で、見えるの……?」
「谷原さんって、おかしなこと言うのね。どうして見えないと思うの? わたし、目はいいのよ」
クスッと笑う小夜は可愛い。混乱しているせいか、そんな関係ないことを考えてしまう。
思わず蘇芳を見ると、得意顔で頷いた。
「見えるのが当たり前だろう。今は見せているからな」
「どういうこと?」
「後で話す。それよりもいいのか?」
ちらりと蘇芳が小夜に視線を向けた。それに気づいたようで、小夜は首を傾げる。
「どうしたの?」
「ううん。何でもないの。気にしないで」
「そう? それならいいけど」
誤魔化せたかはわからないが、小夜はこれ以上追及する気はないようだ。そのことに内心で胸を撫で下ろし、それとなく話題を変えた。
「それで鷹村さんは、どうしてここにいるの?」
「これから約束があって。この先にあるカフェで待ち合わせをしているの」
そう言って小夜は顔を赤らめる。待ち合わせ相手は好きな人なのかもしれない。
「そうなの……」
会話慣れしていれば、ここでうまく繋げるのだろうが、生憎千恵にそんなスキルはない。困ったように一言返すのが精一杯だった。
だが、小夜は気にすることなく、会話を続ける。
「うん。というか、谷原さんと話すのって初めてだよね。同じクラスになってから、もう三カ月近く経つのにね」
「……私、あまり話すの得意じゃないから。ごめんなさい」
小夜とは高校二年になって初めて同じクラスになった。千恵の通う高校の普通科は文系と理系のコースにわかれていて、その中でも一つは特進クラスで固定しているが、残りはクラス替えがある。千恵と小夜は文系のクラス替えがあるクラスにいるのだ。
そして、そのクラスの中にもカーストが存在する。才色兼備な小夜は上位で、平凡で人づき合いの下手な千恵は下位だ。そうなると、同じクラスにいてもグループが違うので口を利くことはない。
小夜は慌てて、手を振って否定する。
「違うの! そうじゃなくて、話してみたかったけど、何となく話しかけづらかったの。谷原さんって、たまにここじゃないところを見てる気がして」
「え?」
蘇芳のような者が見えることを指しているのかと、千恵の顔は強張った。だが、続いた小夜の言葉は意外なものだった。
「わたしたちが子どもっぽく見えて、退屈なのかと思ってたの」
「そんなことない。私はどんな話をすればいいのかわからなくて困っていただけで……ごめんなさい、嫌な思いをさせて」
仲のいい友達がいない千恵には、人との距離感がわからない。自分が異端だと気づかれるのも怖くて距離を取っていたこともある。
「嫌な思いなんてしてないわ。ただ、どうやって話しかけようかって悩んでたの。でも、よかった。こうして会えて、話すきっかけができて。これからは学校でも話してくれる?」
「それは……」
「やっぱり、わたしは嫌?」
「そんなことない! だけど……」
周りの目が怖い。目立つ小夜と話すことで、自分の秘密を暴かれるのではないか。そんな心配をする千恵は、結局は自分のことしか考えていないのだ。そんな人間と話して楽しいとは思えない。
「……私と話しても楽しくないと思う」
「そんなことわからないじゃない。決めつけたらダメよ」
「そう、かな」
「そうよ。わたしはあなたを知りたい。それじゃダメなの?」
千恵は言葉に詰まった。そこまで言われたらもう何も言えなくなる。小夜は笑うと、腕時計に視線を落とした。
「これからもよろしくね。あ、ごめん。約束に遅れちゃうからもう行くね。それじゃあ、また明日学校でね」
慌てて去って行く小夜の後ろ姿を、千恵がぼうっと見送っていると、蘇芳がぼそっと言う。
「なかなか押しの強い女だな」
「……あなたと似てるわ」
「どこがだ。俺はあそこまで押し付けがましくないだろう」
「よく言うわ……」
口をへの字にして蘇芳は抗議しているが、千恵からすると同じに思える。疲れて脱力する千恵だったが、それよりも気になることがあった。
「それよりも、何で鷹村さんにあなたが見えたの? 鷹村さんも私と同じなの?」
「いや、俺が妖術で見えるようにしたんだ」
「妖術?」
そんな便利な力があるのか。これまで見たくもないのに一人だけ見ていた身としては、自分以外にも蘇芳が見えるのは嬉しい。
「それができるのなら、最初からしてよ。私が独り言言ってるみたいじゃない」
「疲れるからあまり使いたくないんだ。一人くらいならいいが、一度に複数は難しい」
「ふうん。便利なのか不便なのかわからないわね。あ、でも、見えていたのに、どうしてあなたの角には反応しなかったの?」
顔がいいからスルーしたとは、さすがに思えない。今も蘇芳の額で鈍い輝きを放っている。
「それは見えてないからだ。というよりは、認識が阻害されているという方が正しいな。確かに俺の姿はわかるのに、角や着物みたいにあの女の中で普通ではないものは、認識できるものにすり替わっているんだ。そういう術だからな」
「その術って、私にもかかるの?」
「いや、お前はもう俺の実体を知っているだろう? だから、かけても意味がないし、かけることもできない」
「へえ」
よくわかったような、わからないような。あまり深く掘り下げるのはよそう。深みにはまって抜けられなくなりそうだ。
「それじゃあ、帰るわ。もしあなたが家までついてくる気なら、私の家族に姿が見えるようにして欲しいの。家族のためにも、家の中に変な人を招きたくないから。それで追い出されたら諦めて、どこかに行ってね」
「それは……」
「そうじゃないと、私はあなたと口も聞かないから。徹底的に無視されるのと、どちらがいい?」
「お前はずるい。俺がこんなにお前を思っているのをわかっていて、そんなことを言うんだろう」
蘇芳は恨めしそうな目で千恵を見ている。何度言ってもわからない鬼に、千恵は大きく溜息をつく。
「だから、私はあなたの大切な桜花さんではないの。私には今の生活や家族が大切で守りたい。あなたがそれを脅かすなら排除するのは当たり前でしょう?」
「俺がそんなことする訳ないだろうが」
「信用できない。私はあなたのことを知らないもの」
「……どうすれば信じてくれるんだ?」
蘇芳のすがるような視線が、千恵の心に突き刺さる。これが演技だったら賞が取れるだろう。それでも、大切な物があるから迂闊なことはできない。
「何かをしたから信じるじゃないと思う。信用って積み重ねるものじゃないの? それはあなたも同じだと思う。あなたも私を桜花さんだと思い込んで、今、目の前にいる私を信じてないでしょう? だから私の言うことを聞いてくれないんじゃないの?」
「俺はお前を信じている。何でそんなことを言うんだ」
「違う。あなたが信じているのは桜花さんであって、私じゃない。あなたがしていることは、私を無視していることだって、いい加減にわかって欲しいの。あなただって自分が無視されるのは嫌でしょう?」
蘇芳は逡巡して頷いた。彼はひたすら桜花だけを求めていて、そこから情緒が育ってないのかもしれない。そこまで思われて桜花はどう感じるのだろうか。
置いてけぼりにされた子どものような鬼と、桜花を思って、切ない気持ちになる千恵だった。
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