五人での旅行
よろしくお願いします。
それから千恵は小夜、成実と少しずつ距離を縮めていった。これまで仲良くなかったことが嘘のようだ。それはお互いがお互いの秘密を共有しているからかもしれない。
そこに蘇芳や蒼も混じって、千恵の周りは賑やかになった。桜花の生家に行くまでの一時的なものだとしても、秘密を明かしても離れていかなかった人たちだということで、千恵は嬉しかった。
皆で相談しながら旅行の日程を決めた。主導はやっぱり小夜で、夏休みまでのわずかな時間であっという間に決まった。
そして、ようやく待ちに待った夏休みがやってきた──。
◇
「早く早く! もうバスが来ちゃう!」
小夜が腕時計を見ながら、千恵と蘇芳に叫ぶ。
小夜と蒼、成実はもうすでに停留所に来ていた。千恵と蘇芳は顔を見合わせると、急いで皆の元へ走った。皆の元へ着いて千恵は説明する。
「遅れてごめんなさい! ギリギリまでお父さんがうるさくて……」
父に初め、女友だちと旅行に行くと話すと、喜びながらも女の子だけではと不安そうだった。だが、また蘇芳が自分も行くから安心して欲しいと言って、余計に父の不安を煽ったのだ。
おかげでギリギリまで父が蘇芳に、間違いは許さないと念押ししていた。蘇芳は勿論だと頷いていたが、何が間違いなのかわかっていないに違いない。
ちらりと蘇芳を見ると、嬉しそうにニコニコしている。もう何も言うまいと、千恵は疲れたように頭を振った。
小夜と成実が千恵に同情の視線を向ける。
「……なんだか大変そうね。蒼はそんなことないのに」
「こいつと一緒にするな。おれは物の道理は弁えている」
「……大丈夫。いつものことだから」
「それもどうかと思うけど」
そうして話していると、話されている張本人が目を輝かせて言う。
「それで、ばすはどれだ? 俺は乗ったことがないから楽しみだ。どんな感じなんだ?」
千恵はこんな子どもを知っている。これはあれだ。
「……遠足?」
「鷹村さんも思った? 私もどっかで見たことがあると思ったの。小学校の同級生だわ」
小夜の呟きに成実が同意する。千恵もさり気なく頷いた。
そこでバスが到着した。
皆でバスに乗り込む。
今は蘇芳と蒼も姿が見えるようになっている。美少女の小夜、中性的な美形の蒼、ハリウッド俳優のような蘇芳の三人でかなり視線を集めてしまった。平凡な千恵の肩身は狭い。少し三人と距離を置いて乗り込んでいると、後ろから成実が千恵に囁く。
「……私も凡人だからいたたまれないわ」
「だよね……」
そうやって二人が共感していると、また空気の読めない蘇芳がやってくれた。
「ほら、千恵。お前は俺の隣だ。早く来い」
千恵の手を掴むと、引っ張る。女性客の視線が険しくなった気がして、千恵は首を振った。
「私は河邑さんと座るからいい」
途端に蘇芳はしょげる。
「……俺は千恵と旅行ができると嬉しかったのに、千恵はそうじゃないんだな。恋人になって初めての旅行は大切だと蒼が言っていたのに……」
蒼はまたしても蘇芳に変な知識を植え付けていた。前にいる蒼を思わず恨みたくなる。だがそれよりも、周囲の視線が痛い。
釣り合わないのはわかっていても、あからさまに驚かれると心が折れそうだ。
千恵の元気が無くなったことに気づいた蘇芳は今度は千恵の心配をする。
「大丈夫か? 気分でも悪いのか?」
「大丈夫。心配してくれてありがとう、蘇芳」
「どうしても我慢できなくなったらちゃんと言うんだぞ。俺が何とかしてやる」
どうやってなんとかするのかはわからないが、蘇芳のその気持ちが嬉しかった。
蘇芳に引っ張られるまま、後ろから二番目の席に座る。窓際が蘇芳、通路側が千恵だ。その前に蒼と小夜、千恵と通路を挟んで反対側に成実が座る。
人の目を気にして蘇芳を避けるのは、蘇芳にとって一番辛いことだった。桜花の記憶を見たのに忘れそうになってしまう。
見知らぬ他人よりも蘇芳の気持ちの方が千恵にとっては大切だ。千恵は蘇芳に笑いかけた。
「旅行、楽しみだね」
「ああ。もうあの土地は随分変わってしまっているだろうが、千恵にも俺の生まれ育った場所を見せたいんだ」
懐かしそうに目を細める蘇芳が千恵には眩しかった。
「私も蘇芳が育った場所を見たい。桜花さんもそれを望んでいると思うし」
「そうだな。俺もずっと帰ってなかったが、桜花の父親がどうしてるか気にはなっていた」
「……蘇芳は、まだ桜花さんのお父さん、元気だと思う?」
「どうだろうな。桜の木が無事なら元気だろうが……」
さすがに数百年はもたないかもしれない、と小さな声で続けた。
そしてバスは出発した。
ここから村があった場所まではバスで二時間ほどかかる。しかも、桜花の生家はそこから徒歩で登らなければならない。そのため、今日は村があったあたりを観光して、明日の朝から山登りをすることになっている。
そこに桜花の妹である亜矢はいるのだろうか。
それも千恵には気になっていた。桜の精と人の間に生まれながらも、人が嫌いだった人。果たして彼女も生まれ変わっているのだろうか。
そんなことを考えながらも、バスの中では蘇芳や成実と話していて二時間はあっという間に過ぎた。
◇
「ここがその村があったところ……?」
千恵は呆然と呟く。
桜花の記憶を見ていたから、少しだけだが村の様子は知っている。だが、それとはあまりにもかけ離れた光景が千恵の眼前に広がっていた。
田舎道と言えば田舎道なのだが、アスファルトで舗装されているし、今にも崩れそうな家は一つもない。田んぼにも水が張ってあり、長閑な田園風景が続いている。
それだけの時間が流れてしまったのだと思い、はっと気づいた千恵は成実を見た。
成実も驚いて、声も出ないようだった。しばらくして絞り出すように言う。
「……懐かしい……とも思えない、なんて……」
「河邑さん……」
千恵の小さな呼び声に気づいた成実は自嘲する。
「ごめんなさい。私が来たいって言ったのに、来てショックを受けるなんてね」
「ううん、それは当然だと思う。私も桜花さんの記憶で村を見たことがあるの。だけどあまりにも様変わりしていて、私も驚いてる」
「……ええ。どこに私の家があったのかもわからない。ただ、変わらないのはあの山だけなのね……」
遠目に見える瑞々しい緑に覆われた山。あれが桜花の生家がある山なのだろう。
「……だけど来てよかったわ。時間が止まっていたのは私だけだった。人も土地も変わっていくんだって改めて実感した。私もこれで前を向いて進めそう」
どこか吹っ切れたように成実が笑った。それならと千恵は成実に言う。
「それじゃあせっかく来たんだし、美味しいものを食べて、観光を楽しもう」
「そうね」
「本当ね。蒼と蘇芳さんは放っておいて女子会といきますか!」
「「おおー!」」
男二人を無視して盛り上がる三人だった。その隣には涼しい顔で聞いている蒼と、千恵が意地悪だといじける蘇芳がいる。
そんな不思議な取り合わせで楽しく観光し、旅館入りした。
◇
「あー楽しかった!」
旅館の部屋に荷物を置きながら小夜が言う。
観光といっても遊ぶ場所が特にあるわけではなかったが、都会育ちの女子三人には物珍しいものばかりだった。
「うん、楽しかったね。お城ってあまり行くことないもんね」
千恵も思い出して答える。お城のあった山はそれほど険しくなく、いい運動になった。蘇芳も城に行くのは初めてらしく、あれは何だ、これは何だと千恵や蒼にしつこく聞いて辟易させていた。
蒼は元々武士だったからそれほど珍しいと思わなかったのか、淡々としていた。それでも、小夜や成実に刀の説明を丁寧にしていた。女子二人はあまり興味がなかったようだが。
そして、旅館の部屋割りでもまた蘇芳が文句を言っていた。
どうしても千恵と一緒がいいとごねて、問答無用で蒼に連れて行かれた。その時の悲しそうな瞳が、ある歌に出てくる市場に売られていく牛のようで、千恵の心は少し痛んだ。
だが、千恵もまた明日ね、と蘇芳を送り出したから、蒼のことを言えない。さすがに好きな男性と同じ部屋で寝起きするのは嫌だという乙女心をわかって欲しい。
そして夜は更けていった。
◇
明日に備えて早めに床についたが、目が冴えて眠れない。千恵は何度も寝返りを打つ。真っ暗な室内で、気づいた小夜が静かに問う。
「眠れないの?」
「あ、ごめん。起こしちゃった……?」
「ううん。わたしも眠れなくて。明日、亜矢さんに会えるかもって思ったら、ね」
そこに成実も加わる。
「二人も眠れないの? 私も何だか眠れなくて。でも、亜矢さんに会えるからって、何があるの?」
「……蒼は亜矢さんと会うために今まで色々なところに行ってたの。だから亜矢さんに会えたら、そこでわたしとはお別れになるんだと思う……」
どこか沈んだ声の小夜に千恵の胸は切なくなった。
小夜にとって蒼は恩人で、好きな人だ。そんな人との別れはどんなに辛いだろうか。
そんなことを考えていたら、今度は小夜が千恵に聞く。
「谷原さんは桜花さんの生家に行って、どうするの?」
「……私は覚悟を決めようと思って。これから蘇芳と一緒にいる覚悟。お母さんにもちゃんと話したけど、私自身が決めることだから。それを蘇芳にも話そうと思ってる」
「……谷原さんは強いね。わたしは蒼とはずっと一緒にいられないってわかってた。わたしは普通を捨てられないから。両親もそれを許さないだろうし」
「……強くなんてない。普通から外れるのは怖いの。だけど、桜花さんの記憶を見たこともあって、蘇芳を孤独なまま置き去りにするのはもっと怖いの。蘇芳は今度こそ消滅するんじゃないかって。わがままだけど、蘇芳には幸せになって欲しいから」
今度は成実が話す。
「……私たちの犯した罪で、蘇芳さんを苦しめているなんて」
「それはもう終わった話だって蘇芳も言ったでしょう? 河邑さんが気にしなくてもいいのよ」
「だけど、とりあえずは明日よね。寝不足で山登りは辛いわよ。眠れなくても寝ないとね……」
「うん……そうね。それじゃ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
それぞれが様々な思いを抱えてなかなか眠れない夜を過ごしたのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




