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桜の下で  作者: 海星
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幸せとは

よろしくお願いします。

「一体何があったの?」


 小夜は教室に戻ってくるなり、周囲を見回して、そう聞いた。


 困惑を隠せないのは千恵にもわかる。泣き腫らした顔で床に座り込んでいる成実の前に、同じく泣き腫らした千恵が立ち、その隣には神妙な面持ちで拳を握って立ち尽くしている蘇芳がいるのだ。


 小夜の問いに成実は、自嘲気味に笑みを浮かべ答える。


「……私が谷原さんを傷つけようとしただけ」

「そうじゃなくて、河邑さんも被害者なの。前世のね」

「ちょっと何言ってるのかわからないわ」


 説明になってない千恵の言葉に、小夜は首を傾げている。千恵が成実を見ると、キュッと唇を引き結んで目を伏せていた。成実は自分のせいだと思っているのかもしれないが、そうじゃない。千恵は全てを包み隠さず小夜に話すことにした。


「実はね……」


 ところどころ言葉に詰まりながらも千恵が説明していると、小夜が厳しい目で成実を見下ろし、成実が体を震わせていた。それでも全てを聞き終わると、小夜は納得したようで、千恵に呆れたような視線を投げかける。


「あなたは本当に面倒に巻き込まれるわね。巻き込んだわたしが言えたことじゃないけど。それにやっぱりお人好し。階段から落ちて無事だったからいいものの、一歩間違えれば命だって危なかったのよ?」

「そうかもしれないけど、あの時、思い切り押された感じじゃなかったの。何かにぶつかったのかなくらいの衝撃だったから、河邑さんが言ったように、私に対する思いよりは、前世に引きずられたのが大きいんだと思う。それに後悔も反省もしているみたいだからもういいかなって」

「本当にねえ……どこまで人がいいのか」

「だから私は善人じゃないの。面倒が嫌いなだけ」

「……で、面倒を呼び込む天才なのよね」


 小夜はそう言って苦笑する。まったく褒められている気がせず、千恵は項垂れた。


「そこが千恵のいいところだ」


 復活した蘇芳が自慢気に言うが、まったくフォローになっていない。そもそも最初の面倒は蘇芳だ、と千恵は言いたくなった。


 そんなやり取りを見ていた成実が小さく笑う。まだ完全に割り切れた訳ではないのだろうが、彼女の表情は明るくなっていた。


「それじゃあ帰りましょうか」


 小夜の言葉に各々が頷き、そこで解散した。


 ◇


 蘇芳と千恵は二人と別れた後、家へ向かって歩いていた。


「おい、千恵」


 蘇芳の問いかけに答えず、千恵は俯き加減で早歩きする。その後を蘇芳が追いかけるが、コンパスの差ですぐに追いつかれた。蘇芳は千恵の腕を掴んで引き寄せた。


「どうした、千恵? 俺に何か言いたいことがあれば言ってくれ。今は他人に見えるはずだから」


 千恵が顔を上げて蘇芳を見ると、穏やかな表情をしていた。だが、千恵はまだ怒っているのだ。


「……そんな顔したって許さないんだから。冗談でも言っていいことと悪いことがあるの。わかった?」

「ああ。悪かった」


 謝りながらも嬉しそうに蘇芳は笑う。その顔が憎らしくて、蘇芳の頬を摘んだ。


「何するんだ、千恵」

「私は怒ってるのに蘇芳が嬉しそうだから」

「そうか。いや、こういうところは桜花と似ているなと思ったんだ」

「……それなら私が蘇芳のお母さんになろっか?」

「いや、それはいい」


 せっかく提案したのにきっぱりと蘇芳に断られてしまって、千恵は複雑な心境だった。眉を寄せて不服顔の千恵に蘇芳は苦笑する。


「……千恵は恋人だろう。俺はずっと桜花しか知らなかったから、母親や恋人、友だちの違いがわからなかった。だが、千恵と知り合って小夜や蒼、千恵の両親と関わって、何となくだが違いがわかるようになった。母親と接吻はしない。今考えると、桜花としたいと思わないんだ。桜花は好きだったが、やっぱり母親としてだったんだな。千恵は違う。もっと近づきたい好きだ。だから母親は嫌だ」

「え……」


 まさか蘇芳がそんなことを考えているとは思わなかった。子どもだと思っていた蘇芳の成長に、千恵は変な感動を覚えた。


 それから恋愛対象だと思ってくれているのだと、嬉しさがじわじわと湧いてくる。


「ありがとう、蘇芳」

「何で礼を言うんだ? 変な千恵だな」

「変な蘇芳に言われたくない」


 二人は顔を見合わせて笑う。

 この流れなら小夜に言われたように、将来のことを話せるかもしれない。そう思った千恵は切り出した。


「あのね、蘇芳。聞いてもいい?」

「何だ? 俺に答えられるかはわからないがいいぞ」


 蘇芳の答えに千恵はゴクリと生唾を飲んで言う。


「蘇芳はこれからの私たちのこと、どう考えているの?」

「そう言われても、具体的にどういうことだ?」


 蘇芳は首を捻っている。千恵は蘇芳にわかりやすいように説明する。


「私はこれから大学に行って就職すると思う。それから段々と歳をとっていくの。そうなると、結婚や子どもは、とか考えるし、最終的には私も死ぬでしょう?」

「そんなこと、言わないでくれ」


 蘇芳は悲壮な表情で千恵の肩を掴む。だが、千恵は表情を消して首を振る。


「避けては通れない話なの。ちゃんと聞いて。私が死んだ後に蘇芳がどうなるのかわからない。それなら傷が浅いうちに離れた方が蘇芳のためなのかもしれないと思ったの」

「嫌だ! それなら千恵と一緒に俺も死ぬ!」

「最後まで聞いて!」


 錯乱する蘇芳に、千恵はぴしゃりと言って黙らせた。それでも蘇芳は涙を堪えて口を開いたり閉じたりしている。千恵は嘆息して続けた。


「このままだと私は蘇芳に、より辛い思いをさせてしまうかもしれない。蘇芳はそれでも私と一緒にいたいって思う?」

「……俺は千恵と一緒にいたい」

「私が死んでも後を追わないって約束してくれる?」

「それはできない」

「それなら離れるって言っても?」

「……千恵は意地悪だ。俺はもう誰も失いたくない」

「私も酷いことを言ってる自覚はある。だけど、その時になってこんなに辛い思いをするならもっと前に離れればよかったって後悔しても遅いの。それは蘇芳にもわかるんじゃないの?」


 蘇芳は目を見開いてから俯いた。


「……そうかもしれない。だが、俺は先の不安に怯えるよりは、今の幸せを大切にしたい。だから千恵と一緒にいたいんだ」

「そう。わかった……ごめんね、蘇芳。私は蘇芳の気持ちが知りたかったの。それなら一緒に過ごして、二人にとっていい方法を考えていこう?」

「……ああ!」


 蘇芳は千恵に抱きつく。本当に大きな犬みたいだ。千恵は腕を伸ばして蘇芳の頭を撫でる。


 蘇芳の気持ちはわかった。

 本当は二人で考えることよりも、千恵の覚悟が必要なのかもしれない。これからの人生を蘇芳と生きるという覚悟が。


 だが、見えること以外、普通に暮らしてきた千恵に、普通から離れた生活が送れるのだろうか。


 どっちつかずの中途半端な自分が情けない。こんな時、桜花だったらどんな答えを出すのだろうか。そう考えて、また他人任せにしようとしている卑怯な自分に気づいて落ち込む。


 手を止めた千恵を訝って、蘇芳は千恵の顔を覗き込む。


「千恵、どうしたんだ?」

「……どうしたって、何が?」

「辛そうな顔をしているから」


 鈍感なくせに人の痛みには敏感なのか、蘇芳は千恵の心配をする。千恵は自分のことばかりなのに。

 蘇芳は本当に優しいのだ。


「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

「本当か? 無理をするな」

「うん……私の問題だから、私が考えないといけないんだと思う。だから、もう少し時間をくれる? ちゃんと答えを出すから」

「よくわからないが、それでいいと思う」


 千恵の抽象的な言葉に首を傾げながらも、蘇芳はそう言ってくれた。


 生きとし生けるもの、すべてに等しく寿命がある。

 だが、人の(ことわり)を離れた蘇芳には寿命は訪れない。


 果たしてどちらが幸せなのだろうか。いずれくる死を理解しその中で生きる千恵と、寿命のない世界で生き続ける蘇芳。千恵には蘇芳の孤独が想像できない。千恵にできるのは、自分の人生を後悔しないように精一杯生きることだけだ。


 どうすれば蘇芳と長く過ごせるか、蘇芳の孤独が和らぐ方法はないのだろうかと、一人で模索する千恵だった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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