噛み合わない二人
よろしくお願いします。
「……それで、どこまでついてくるつもりなんですか?」
学校を後にした千恵の隣には、まだ蘇芳がいる。独り言だと思われたくないので、人目につかない道を選んでから話しかけた。嫌そうな千恵とは対照的に、蘇芳は笑顔で答える。
「ついてくるなとは言わなかっただろう? それならついていってもいいはずだ。それで、どこへ行くんだ?」
確かに言わなかった。というか、蘇芳はそばにいたいと言って、千恵は断らなかった。それならついていってもいいと思われて当然だ。千恵は自分の迂闊さに内心で歯噛みした。
「家に帰るんです。あなたも自分の家に帰ったらどうですか?」
「そんなに丁寧な言葉で話さなくてもいいぞ。普通に話せ。それで俺が帰る場所だったな。元々ないぞ」
こちらが気を使うだけ無駄だ。そう思った千恵は、蘇芳の言葉に甘えることにした。
「……それなら普通に話すけど、これまでどうしていたの? あなたは鬼だって言ってたわよね。急に生まれた訳でもなさそうだし」
「ああ。俺は元々人間だった。数百年前は桜花と一緒に暮らしていたが、鬼になってからは色々なところへ桜花を探しに行っていたからな。家がない方が都合が良かった」
「私にはよくわからないんだけど、どうして人が鬼になるの?」
千恵の問いに、蘇芳が足を止めた。急に足を止めた蘇芳につられて、千恵も思わず足を止め、蘇芳を振り返る。
「……お前のせいだ」
「えっ?」
「お前が俺を置いていかなければ、俺は人のままでいられた。こんなに人を憎んだり、怒りに支配されずに済んだんだ……」
「ちょっと人のせいに……」
言いかけて千恵は止まった。
人を非難する言葉とは反対に、蘇芳の表情は悲しみをたたえていた。だが、千恵には謝る理由がないのだ。少し心は痛むが、はっきり言うべきだと思う。
「……何度も言うけど、私は桜花さんではないわ。だから私に言われても、わからなくて困るだけなの。それをわかってくれない?」
「嫌だ。お前は確かに桜花なのに、否定しないでくれ。お前に否定されるのが一番辛い」
「そんなこと言われても。そもそも、あなたにとって、桜花さんってどんな存在なの?」
「そうだな、一言では説明できないくらいに大切な人だ」
そう言って蘇芳は熱を帯びた視線で千恵を見つめる。千恵は自分を思ってのものではないとわかっていても、思わずドキッとしてしまった。
──いけない。
まるで自分が愛されているかのように錯覚させられる。これがこの鬼の手口なのかもしれない。恋愛経験のない千恵には効果的だ。
だから千恵はしっかりしろと自分の顔を両手で叩いて気合を入れる。
「何してるんだ?」
「何でもない。気にしないで」
蘇芳には自覚がないのだろう。不思議そうに首を傾げるところがあざとい、と思うのは千恵だけなのか。気を取り直した千恵は咳払いをして続ける。
「私が言いたいのは、もし仮に生まれ変わりがあったとして桜花さんの魂が私だとしても、今の私は桜花さんだった記憶はないの。別の人生を送っている別人なのよ」
「どうして記憶がないのかはわからないが、確かにお前は桜花だ。この俺が間違えるはずがない」
「そう言われても……」
どこまでも平行線になりそうな話し合いに千恵は頭を抱えたくなる。出会った時から蘇芳は頑固だったが、今も折れる様子は見えない。
疲れた千恵は投げやりに受け入れた。
「ああ、もう。それでいいわよ。だけど私は信じてないから!」
「大丈夫だ。俺が思い出せるように協力するから。任せろ」
「だから、そうじゃない……」
あまりにも噛み合わない会話に、千恵の声が大きくなり、そこに誰かの声が割り込んできた。
「谷原さん……?」
遠慮がちな問いかけに振り向くと、見覚えのある清楚な美少女──クラスメイトの鷹村小夜がそこにいた。
読んでいただき、ありがとうございました。