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桜の下で  作者: 海星
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前世の因縁

今回は少し長い上に、シリアスですみません。

というかシリアスじゃない時がないような……

よろしくお願いします。

「前世の因縁……?」


 そう言われても、桜花の記憶を全て見た訳ではない千恵には思いつかなかった。考え込む千恵に、成実は語る。


「……昔、村に疫病が流行って、私の子どもは命を落とした。私と夫は嘆き悲しんだ。そんな時、村にきたあなたとあの男を見た夫は言ったの。余所者のあいつらのせいに違いないと。夫はすぐに村の衆に呼びかけて、討伐隊を結成したわ。もちろん言い出しっぺの夫もその中にいた。私はやめた方がいいと言ったけど、聞いてもらえなかった。そして夫は山に入っていき、逃げられてしまったと意気消沈して帰ってきた。その後よ。あの男が刀を持って村にやってきたのは。あの時の討伐隊の男たちは問答無用で斬り殺され、命の危険を感じた私は逃げることしかできなかった。逃げて逃げて、お武家様に助けを求めたけど、私のような農民の話なんてまともに取り合ってもらえず、私は失意のうちに餓死したの」

「そんな……」


 成実は村人の生まれ変わりだった。だが、千恵と桜花のように前世といっても人格が別ではないのか。


「……あなたは村人の女性なのよね。それなら河邑さんはどこにいるの?」


 千恵の問いに、成実は意味を図りかねたのか、眉を寄せた。千恵は更に続けた。


「私は谷原千恵で、桜花さんっていって前世で蘇芳と一緒に暮らしてた人とは別人なの。桜花さんは私の中で眠っているみたい」


 納得した成実は答える。


「私は同一人物……というのかしら。谷原さんと話すあの男を見た時に、一気に前世が蘇ったの。あの時と寸分違わぬ姿をしていたから。最初は成実と分かれていたんだけど、村人だった頃の私の自我が強くなって、完全に融合しちゃったみたい。あの男は私から家族を奪ったのに、死なずに幸せそうに生きていたのかって腹が立ったからでしょうね。谷原さんが嫌いというより、あなたがあの男の大切な人だっていうことが許せなかった」


 成実の言葉に千恵は腹が立った。

 蘇芳から幸せを一方的に奪ったのは村人の方ではないか。ただ静かに暮らしていた蘇芳が、友人の見舞いをして最期に立ち会ったことの何が悪いのか、わからないし、わかりたくもない。


 興奮して声を荒げそうになるのを千恵は深呼吸して耐える。感情的にならないようにと、拳もぎゅっと握りしめた。


「……蘇芳はあの当時珍しい容姿だったから、村に住むこともできず、山で静かに隠れ暮らしていただけじゃない。それなのに蘇芳のせいだと勝手に決めつけて、桜花さんを殺したのは誰なの?」

「仕方ないじゃない。今と違って医療だって発達してなかったし、鬼だ、天狗だ、なんてものが当たり前に信じられてたんだから」


 バツが悪そうに成実は言うが、あまりの言い種に千恵の頭に血がのぼる。


「仕方ないって何? あなたは大切な人を奪われて辛かったかもしれない。でも同じことを最初に蘇芳にしたのはあなたの旦那さんでしょう! そんな言葉で簡単に片付けないで!」


 千恵の言葉に成実はキッと千恵を睨みつけると声を荒げる。


「そもそもあの山は食べ物が豊富だったのよ! それをあいつらが独り占めして、村がどんなに大変だったかわからないでしょう? 私の子はいつもお腹を空かせてた。栄養状態が良ければ病気にもならなかったかもしれないのよ。あいつらに殺されたようなものじゃない! それだけじゃない、実際に夫はあいつに殺されたのよ!」


 一息に言い終わると、成実ははあはあと肩で息をしていた。そのくらい激しい憤りを感じているのはわかる。だからといって千恵には納得がいかなかった。


 確かに蘇芳はこの人の夫の命を奪った。そのことは許されないとは思う。だが、彼女は桜花の命を奪ったことや、山に籠らざるを得なかった蘇芳や桜花のことを考えてはいない。


「……あなたたちが二人を追いやったんでしょう? 自分たちと違うから。二人はただ、命を脅かされることなく静かに暮らしたかっただけなのに。それなら聞くけど、桜花さんと蘇芳がもし村で暮らしたいって言って、受け入れてくれた?」

「それは……」


 言い澱み、目を伏せた成実の様子から千恵は察した。


「ほらね。あなたが幸せを求めるように、二人だって自分たちなりの幸せを求めていただけ。疫病だって二人が流行らせた訳じゃない。河邑さんの意識もあるならわかるでしょう? そんなのは根拠のない迷信だって」

「うるさい……うるさい、うるさい、うるさい! 谷原さんみたいにぬくぬくと育った人にはわかるわけない! もううんざり! 私はせっかく今まで忘れて静かに暮らしていたのに、あの男が現れたりするからいけないのよ! 私はもう人を憎んだり恨んだりしたくないのに!」


 成実は叫びながら頭を激しく振る。理屈ではわかっていても、自分の辛さから目を背けたいから蘇芳を憎むしかなかったのかもしれない。

 彼女も前世に振り回される被害者なのだ。彼女が何をしたいのかがわからず、千恵は静かに問うた。


「……河邑さんは結局何がしたいの?」

「……私は、あの鬼に私の味わった苦しみを味あわせたかった。理不尽に大切な人を奪われた苦しみを」

「まだ私を傷つけたいと思うの?」

「……わからない。どうしようもなくやりきれないの。何で私ばかりこんな思いをしないといけないのか、何であの鬼は幸せそうなのかって」


 成実の目から涙が零れ落ちる。無関係な千恵を傷つけても仕方ないとはわかっているのだろう。千恵にはかける言葉が見つからず立ち尽くしていると、入口から声が聞こえて、反射的にそちらを向いた。


「……俺のせいだ。俺の罪で関係ない千恵を巻き込んだ。すまない。だが、千恵には何の落ち度もないんだ。傷つけたいなら俺にしてくれないか?」


 落ち着いた声音で話しながら、蘇芳は二人の元へゆっくりと歩いてきた。


「……っ、あんたが……あんたさえ、いなければ……!」


 蘇芳の姿を認めた成実は、泣きながら蘇芳に摑みかかる。そのまま揺さぶって訴える。


「私の……家族を、返して。あの子を、あの人を、返してよぉ……っ!」

「……すまない」

「謝って済む訳ないでしょう……! 何で、あんただけ幸せになってんのよぉ……!」


 成実はずるずるとその場に崩れ落ちる。蘇芳は悲壮な顔でされるがままになっていた。蘇芳は罰を甘んじて受けるつもりだと千恵にはわかった。


 だけど、二人ともわかっていない。もう、あの出来事から数百年も経っていることを。


 千恵は悪者になる覚悟で、成実にとって辛い事実を突きつけることにした。そうでなければ今を生きる河邑成実という人の人生まで台無しになる気がしたからだ。


「……河邑さん。もうあの出来事から何百年も経ってしまってるの。あなたの旦那さんやお子さんは生まれ変わって幸せになってるかもしれない。なのにあなただけ置き去りにされたままでいいの?」

「そんなの……」

「あなただってさっき言ってたじゃない。人を憎みたくないって。それともあなたは生まれ変わったあなたの家族にも、蘇芳を憎み続けていて欲しいと思うの?」

「そんな訳ないでしょう! こんなに辛い思いは私だけでたくさんよ!」


 成実は叫んでから、唇が切れそうなほど噛み締めた。

 千恵は続ける。


「それに、蘇芳が幸せだってどうして思うの? 大切な人を奪われて人を殺して、それを後悔しながら何百年も孤独に大切な人の生まれ変わりを探して過ごしていたのよ?」

「そ……れ、は」


 成実の顔に動揺が走る。そこで蘇芳が千恵を止めた。


「……いいんだ、千恵。俺は憎まれて当然のことをした。そもそも俺は生まれてくるべきじゃなかったのかもしれない。俺がいなければ皆傷つかずに済んだ……」


 これ以上聞きたくなくて、千恵は蘇芳に近づくと、蘇芳の頬を張った。

 蘇芳は呆然と目を見開いている。その蘇芳の姿が段々と涙で滲んでわからなくなっていく。


 叩いた掌が痛い。だが、それ以上に心が痛かった。そんなことを淡々と言う蘇芳にも、言わせた千恵や成実にも腹が立っていた。


「……っそんなこと、冗談でも言わないで! 前に言ったわよね。私は蘇芳に会えて良かったって。桜花さんだってそう。蘇芳を大切に育ててた。そんな私たちの気持ちを踏みにじるようなことは二度と言わないで! それに河邑さん。もうこれ以上蘇芳を傷つけないで。私には本当に大切な人なの。あなたが蘇芳を奪うなら今度は私があなたに復讐するから……!」


 どうして前世に振り回されなければならないのか。千恵だって復讐なんて望まない。それでも蘇芳を傷つけようとする成実に心の奥底からドロドロとした感情が溢れてくる。泣きながら成実を睨みつけると、成実は悄然とうなだれた。


「……蘇芳さんのせいじゃないってわかってた。あの山に入ってはいけないと決めたのは私たち。それに蘇芳さんを山に捨てたのは、お武家様の家人だったそうよ。本当は生まれてすぐに殺されるはずだったけど、殺せなくてこっそり山に捨てたと、助けを求めたお武家様の家で聞いたの。化け物が棲むと噂を立てたのは、その人だった」

「そうなのか……」


 初めて聞く自分の生い立ちに、蘇芳は驚いたようだった。成実の独白は続く。


「……それに、あの人を止められず、あの子を救えなかった無力な自分も許せなかった。だから誰かを憎むことで私には責任がないって思いたかった……」


 はらはらと涙を流して懺悔をする成実からは、すでに蘇芳への憎しみは消えていた。成実の中に、そうやって懺悔をすることで自らを罰する悲しい女性の姿が見える。

 もう、この人も許されていいはずだ。


「……あなたのせいじゃないと思う。あなたが家族を大切に思っていた気持ちは今の言葉でわかった。そんな人が何もしなかったとは思えないわ。頑張って止めようとしたのよね?」


 成実は泣きながら顔を両手で覆って何度も頷く。

 止めたかったのに、止められなかった罪悪感に苛まれていたのだろう。だが、赦しを請う相手もおらず、彼女は絶望の中で命を落としてしまったのかもしれない。


「だからあなたは悪くない。それに冷たいかもしれないけど、もう起きてしまった過去は変えられないの。私だって変えられるものなら変えたいと思う。だけど無理なのよ……」


 桜花の記憶を見た時に千恵も無力感に苛まれた。見ているだけで何もできない歯がゆさはわかるつもりだ。


「でもそれなら私はどうすればいいの? もう夫も子どももいない……」

「そうじゃないでしょう。それは前世のあなた。今のあなたにはご両親や友だち、他にもあなたを大切に思う人たちがいる。前世に引きずられすぎないで。あなたは今を生きてるの」

「そう、だった。最近は自分が誰なのかもわからなくなりそうで怖かった……」

「……今の河邑さんの幸せを邪魔するようなことはダメだと思う。だけど、あなたも河邑さんと一緒に幸せを探していけばいいんじゃない? あなたも前世で辛かった分、幸せになればいいと思う」

「……いいの? 二人の復讐を考えなくても」

「いいと思う。それよりも二人はどこかで幸せになってるって考える方があなたも楽しいんじゃない?」


 千恵の言葉に、泣き腫らした目で成実は笑った。


「……ええ、そうね。二人はどこかで幸せに生きてる。そう思って頑張るわ。ごめんなさい谷原さん、あと、ありがとう」


 そうして前世の因縁から始まった悪意はようやく幕を下ろしたのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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